司冬ワンライ・桜ひらり/屋台(りんご飴)

桜ひらりと舞い落ちる。
司は純粋に、美しいな、と…思った。


「…おぉ、これは見事だな」
公園近くを通りかかった司はふと見上げた空から薄いピンクのそれが降ってきたのを見、小さく呟く。
普段はショーステージに向かうため駆け抜けていたその道には大きな桜の木があったからだ。
ゆっくりと歩いていれば、花見日和だからだろう、芝生の上にシートを敷き、お弁当を食べている親子や、何故かカードゲームを楽しむ女子の笑い声がそこらから聞こえてくる。
公園には屋台も出ていて、商魂逞しいな、と司は笑った。
それに乗る方も乗る方だなぁ、と妹への土産を考えながら、公園内をぶらついていた…その時である。
「…あ、れは…」
一際目立つ桜の木の下、ぶわりと風が吹き、桜の花びらが舞散った…その奥に。
空より深く、海より鮮やかな髪を押さえ、見上げる…彼が、冬弥が、いた。
「…っ」
何故だろう、焦燥感に駆られながら司は走り出す。
まるで、彼が…司を置いて行ってしまいそうで。
桜に、連れて行かれてしまいそうで。
「っ?!え、司先輩?!」
走っていった勢いのまま、ぐい、と腕を引く司に冬弥は目を丸くしていた。
「…一体、どうし…」
「…桜の元なんかより、オレの傍にいてくれないか」
「??…もちろん、俺で良ければ」
司の言葉に冬弥は笑む。
桜の花より儚いそれで。
「無論、オレは冬弥が良い」
「…ありがとうございます」
ふわりと微笑んだ冬弥が、小さく肩を揺らした。
何かおかしなことを言ったろうか。
「?どうした?」
「いえ。…プロポーズみたいだ、と思いまして」
楽しそうな冬弥に、そう言われてみれば、と思う。
「…プロポーズをするならば、もっと相応しい格好で、もっとプランを練ってくるぞ?」
「…司先輩らしいです」
「当たり前だろう。愛しい冬弥に捧ぐ言葉なのだからな!」
はっはっは!と高らかに笑う司に、冬弥がまた小さく肩を揺らした。
今はそれで良いだろう。
…今は、まだ。
「さて、折角の時間を邪魔してしまったからなぁ!良ければ屋台巡りをしないか?」
「…良いんですか?」
「勿論だとも!光り輝く宝石…の代わりにあそこのりんご飴なんてどうだ??」
ニッと笑い、司は冬弥の手を引いた。
はい、と笑む冬弥の後ろで桜が舞う。
りんご飴より、ずっとずっと甘い笑顔で。


「…桜なんぞにはやらん」


彼の手を取り、ひらり舞う桜から取り返すように司は駆け出す。
聞こえないように吐き出したその言葉は、春の爽やかな風に乗って霧散した。

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