秋、教室の片隅で(彰冬)

誰も居ない教室の片隅。
「ほらよ」
テスト用紙を広げドヤ顔の男と。
「…」
困った顔の男がそこに居た。
ドヤ顔の男は東雲彰人、困った顔の男は青柳冬弥という。
放課後、冬弥の教室に乗り込んできた彰人はぽかんとする彼の前でこれを広げてみせた。
藍鼠色の瞳が珍しく見開かれるのを見、彰人はますます得意げな表情になる。
「約束は果たしたぜ」
「…」
「おい、冬弥?」
「…分かった」
彰人のそれに冬弥は小さく息を吐き出した。
言い出したら聞かないのは重々承知だ。
何故こんなことに、と思うもそれはどうしようもないことで。
ことの始まりはニ週間前のことだった。
中間テストが始まるというのに相も変わらずヤマ勘で何とかしようとする彰人に「全教科80点以上取ったら何でもしてやる」と告げたのが不味かったのだ。
「…本当か?」
「ああ」
「何でも?」
「ああ」
「…二言はねぇな?」
「…だから、そう……」
随分念入りに確認してくるからいい加減鬱陶しくなって眉を寄せる冬弥に彰人が言ったそれは。
「なら、冬弥からのキスが欲しい」
「…分かっ…は?」
一瞬、快諾しそうになって固まった。
何を、言い出すのか。
「…今、何と」
「だから、冬弥からのキスだって」
聞き返す冬弥に、彰人が笑う。
最近になって付き合い始めた彰人とは、何度かそういうことはしていた。
だが、いつもリードを取るのは彰人からで。
恥ずかしいのもあるが、彰人に求められるのは嬉しくもあったから冬弥から何か起こすことはなかったのだが。
「…それで、勉強するなら」
わくわくと、まるで子犬みたいな表情で見上げる彰人に拒否することも出来ず、冬弥はゆっくりと頷いた。
「…っし!見とけよ、オレの本気!」
ニッと笑う彰人にまあ良いか、と思ったのが…いけなかったのだ。
有言実行、全教科80点以上で揃えてきた彰人に、普段からそうすれば良いのに、なんて如何だって良いことが過ぎる。
「…なぁ、冬…」
少しばかりムッとする彰人の方へ身を寄せた。
カタン、と椅子の音が鳴る。
触れるだけのキスを落とし、これで良いだろう?と小さな声で言った。
これ以上は勘弁して欲しい。
秋風が真っ赤に染まった冬弥の耳を晒した。
「…いや、お前、それワザとだろ…」
「…何がだ」
はあ、と深い溜息を吐く彰人に今度は冬弥がムッとする番で。
「だーから、煽んなっつー…!」
「…俺は煽っていない。…彰人!」
「はいはい、言い訳は後で聞いてやっから」
な、と笑う彰人の顔が近づいて来て、思わず目を閉じる。
夕暮れ、染まる教室に二人きり。
響くチャイムがどこか遠くに聞こえた。
(冬弥が彰人に染められるまで、後数分)

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