類冬ワンドロ・じゃがいも/挑戦

「…ねぇ、青柳くん。少し良いかな」
「はい。なんでしょうか」
こてり、と黒いエプロンをつけた冬弥が首を傾げる。
今日返却された本の中にお菓子作りの本が混じっていたんです、と放課後に話しかけてきたのは冬弥の方だった。
作ってみたいけれど流石に家では作れないし、学校の家庭科室を借りるのも気が引ける、と言う彼に「なら、うちのキッチンを貸そうか?」と類が提案したのはごく自然のことで。
冬弥も遠慮気味にだが、その提案を飲んだので類も楽しみにしていたのだ。
彼がお菓子作り、なんて珍しいにも程がある。
その相手に類を選んでくれるとは!
…そう、喜んだのもつかの間だった。
「…ここにある大量のじゃがいもは何かな」
「…材料ですが」
「まあそうだろうね。流石の僕もお菓子の材料にしないのに持ってくるとは思わないよ」
「…?では、何故…」
心底不思議そうな冬弥に類はそれを冬弥の前に押し出す。
キッチンを追い出された時に「つるの恩返しみたいだねぇ」とのほほんとしていたのは間違いだったのだ。
「青柳くん。僕の野菜嫌いは知っているね?」
「はい。草薙と、暁山…後、司先輩からも聞きました」
「それなのにじゃがいもを?」
「…ポテトチップスならいけるかと…思ったのですが…」
「何故いけると思ったのかは知りたくはあるけれどね」
しゅんとする冬弥に類は笑みを浮かべた。
ここで絆されてはならない。
…だが。
「俺が、あーんするのは、どうですか?」
「…ん?」
「挑戦、してみませんか?神代先輩」
微笑み、冬弥は先程揚がったばかりの自作のポテトチップスを箸で摘み上げた。
「挑戦、って…」
「先輩。あーん、です」
可愛らしい様子に思わず口を開けてしまいそうになる。
ぐっと耐え、類は冬弥の手を引いた。
「ん?!!ぅ、ん…!」
そのまま口づけ、ついでに火を切り有耶無耶にする。
「ふ、ぁ…せん、ぱい…!」
「ふふ。僕は嫌いな野菜より、大好きな君を食べたいのだけれどね?」
珍しく睨む彼に笑いかけ、ひょいひょいと油の中にあったポテトチップスを網に上げた。
鍋の中に油しかないのを確認し、類は冬弥を抱き上げる。
「ま、待ってくださ…!」
「君がお菓子を作ってくれるというから期待したのに。意地悪だなんて酷いなぁ」
「…俺は、そんなつもりでは…!」
「ポテトチップスとはいえ、僕に野菜を食べさせよう、だなんてちょっとお仕置きが必要じゃないかな。…ねぇ、青柳冬弥くん?」



にっこりと笑う類によって、冬弥の挑戦は敗北に終わる。


勝者は浮かれた足取りで自室に向かったのだった。


(野菜なんて食べなくても僕は好きなものだけで生きていけるのさ!)



「…瑞希?青柳くんのことでちょっと話が」
「げぇっ、なんでボクが言ったってバレてるのさ!」

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