司冬ワンドロワンライ

大好きな彼から笑顔が消える

そんなことはあってはならないと……そう思ったんだ。


「…冬弥?」
司の声に冬弥が振り返る。
手には、重そうな楽譜に、バイオリンケース。
「…その」
「…ごめんなさい、これから、レッスンなんです」
幼い彼が言う。
感情もなく、ただ淡々と。
まるで、何かに強制されているようで、司はそれが何だか嫌だな、と、そう思った。
「…そ、うか。…冬弥は、その…クラシックは、好きか?」
司は問う。
それに冬弥は曖昧な笑みを浮かべた。
「…わからない、です。父さんが…」
そこまで言った冬弥が無理したように笑う。
司自身もピアノはやっていたけれど、こんな、好きだったかどうか分からなくなるような感覚になったことはなかった。
何かが違う。
こんなのは、違う。
音楽は、もっと自由なはずじゃないか!!!
思わず司は冬弥の手をつかむ。
そうして、必死に駆け出した。
どこに行きたいかなんてわからない。
それでも、ここには居たくなかったから。
冬弥が笑ってくれないセカイなんて、居たくなかった…から。
(その感情が何なのかも分からぬまま)
「?!司さん!」
驚いた冬弥の声が届く。
振り回してることには気づいていた。
だが止められない。
…だって。
「…っ!オレは!!冬弥には幸せでいてほしいんだ!!」






「…司先輩!」
「…冬弥?」
冬弥の焦った声に目を開ける。
どうやら昼食を中庭で取った後、眠ってしまったらしかった。
時間を見ればもうすぐ授業が始まる時間で。
きっと彼は寝ている司を見かけて起こしに来てくれたのだろう。
手には彼らが今度やると言っていた【ライブ】のフライヤーがある。
…ああ、そうか……あれは。
「…良かった」
司はホッと胸を撫で下ろした。
彼が無理した笑顔を浮かべるセカイなんて、今は存在していなかったんだ、と。
「なぁ、冬弥」
「…はい」
「今、幸せか?」
司の質問に、冬弥はきょとんとする。
それから、花が綻ぶように微笑んだ。
「…はい、幸せです。…とても」
柔らかいそれはあの時見たかったもの。
どこかで、誰かが歌っている声が…した。
「俺の進みたい未来に進めていて…俺が過去やっていた音楽も間違っていないと分かって。…何より、司先輩が今も隣にいてくれる。幸せとしか言い様がありません」
冬弥の綺麗な笑みに、司は手を伸ばす。
そうか!!と笑って、彼を思い切り抱きしめた。
わ、という小さな声と身体の重みが伝わる。
それが何とも心地よかった。
広がる青空、聞こえる音楽。
言葉にして伝えなければと、そう、思った。
「オレも幸せだぞ、冬弥!」


連れ出した先の未来はこんなにも輝いていて

嗚呼



他の誰でもない オレとキミの世界は
希望に満ちた世界でありますように



「…俺は、気付きましたよ。司先輩」
「?どうした?冬弥!」
「…。…いえ、何も」

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