天使の日 司冬

「司くんは、天使を見た事があるかい?」

唐突なそれに思わずぽかんとする。
おや、と不思議そうに首を傾げるのは神代類だ。
「聞こえなかったかな?」
「…いや、聞こえている。聞こえているからこその反応なんだが…」
「それは良かった」
若干ぐったりとそう言えば、類はにこりと笑った。
何が良かったのだろうと思いながら、天馬司は、で?と聞き返す。
彼の突拍子もない発言は慣れっこだ。
「何故いきなり天使なんだ」
「ハロウィンも終わってしまったし、次のイベントといえばクリスマスだろう?だから、次のショーは騎士と天使のはちゃめちゃ譚を考えているのだけれど」
「ふむ、それで天使か」
「ちなみに、天使の日は10月4日らしいよ」
「大幅に過ぎたな!!…で、オレの天使イメージが聞きたいと?」
首を傾げれば類が機嫌良さそうに笑った。
「僕が書くと、どちらかと言えば悪魔寄りになってしまってねぇ。天使はイタズラ好きな子も居るから、それはそれで良いんだけど」
「…お前が悪魔寄りだからではないか?」
少し遠い目をすれば類が小さく肩を揺らす。
「失礼だなぁ。せめて、妖精と言ってもらえるかい?」
「自分で言うな!…しかし、そうだな」
類にツッコミを入れてからふと宙を見た。
脳内を回転させ…思い出す。
「…オレは、天使を見たことが、ある」
小さく呟いた、その記憶。
そう。
確か、あれは……。


「…迷った」
先程も見たことある景色に司は、ぼんやり呟いた。
ピアノの発表会の時間まであるからと探検に出たのは愚策だったかと天を仰ぐ。
まあ良いかと近くの塀によりかかった。
まだ自分の出番まで時間はある。
塀によじ登れば会場であるホールが見えるだろうか、なんて思っていた…その時。
「……っ!うわっ!」
「…へ??」
自分の身長よりもかなり高い位置から声がする。
見上げた司の目に映ったのは…天使だった。
スローモーションで落ちてくる天使から目が離せない。
きらきら光ってそれでいて。
「って、危ない!」
あと数秒でぶつかる!と慌てて手を伸ばす。
「…つー……」
「…う……」
幼い司に人1人を支える訳もなく、尻もちを着いてしまった。
だが、怪我をしたわけではない。
目の前の天使も無事なようでホッとした。
「…大丈夫か?」
「…ぅ、え…?」
灰色の瞳を涙に滲ませる天使に声をかける。
「…ご、ごめん、なさ…!」
「気にすることはない!オレは将来ヒーローになる男だからな!」
オロオロする天使に自信満々でそう言えば、ポカンとする表情を見せた。
それにしても、と思う。
ふわりと揺れる髪や白い肌、綺麗な瞳…それに透き通るような声。
やはり天使だったか、と司は考えながらニッと笑って手を差し出した。
「オレは天馬司だ!覚えておくと良い!」
それにおず、と手が出される。
ぐっと引いてその手を取り、ニコニコと笑いかけた。
天使の小さな口が開かれる。
ほんの少し、馴れない笑顔を…浮かべて。
「…青柳、冬弥…です」
天使が、名を…告げた。



そういえばそんな事もあったなぁと思う。
天使こと、青柳冬弥は当時ピアノの発表会が嫌で反射的に逃げ出してしまったらしく、高いところが苦手なのに塀に登り、降りられなくなっていたそうだ。
怒られる、と怯える冬弥が可哀想で、オレに振り回されたことにすれば良い!と言ったのは記憶に新しい。
それからなんやかんやあって仲良くなり、今では先輩と慕ってくれる、可愛い後輩だ。
「…司先輩」
「…冬弥」
小さく微笑む冬弥がこちらに歩いてくる。
どうしたのかと聞けば何やら本を差し出してきた。
「これは、オレが読みたいと言っていた本か!」
「はい。少し分かりにくい位置にあったので…見つかって良かったです」
ふわりと笑みを浮かべる冬弥に、やはり天使のようだな、と思う。
「…?司先輩?」
「うん、冬弥はオレの天使だな!」
「…?!!」
首を傾げていた目の前の冬弥が、分かりやすいほど真っ赤に染まった。
…何かまずいことを言ってしまったろうか。
「…司くん、存外ジゴロだよねぇ…」
「む、なんだ急に」
呆れたような類に眉を寄せる。
別に?と躱そうとする類を問い詰めようとした…その時。
「…なぁにしてんスか、司センパイ?」
悪魔のような声がする。
ぐぎぎ、と鈍い音が己の首から聞こえる…気がした。
「…彰人…」
「…彰人、先に行っていてくれて良かったのに」
耳をまだ赤く染めたままの冬弥が凄い顔の東雲彰人に言う。
「お前が遅いからだろ」
「…そんなことは」
困ったように言う冬弥とこちらを睨む彰人に、過保護なやつだなぁなど呑気に思っていれば、何故だか類が考えた素振りをし。
「…騎士は悪魔から天使を護るべく、抱え上げ、駆け出したのでした」
「ん?」
「は?」
「え?」
唐突な類のそれに3人ともポカンとしていたが、ほら、なんて言われてしまえば役者としては従うしかなくて。
「…すまん、冬弥!!」
「…っ?!司先輩?!」
ひょいと、抱え上げ、教室を出て廊下を走る。
数秒遅れて廊下に響く彰人の声。
何故こんなことに、なんて思いながら怯える冬弥が可愛いだなんて、不謹慎なことを思った。

後日、様々な噂になることを…全員まだ知らない。

(騎士は随分昔から無自覚に恋をしていた天使を、ただ護りたかっただけなんです!)

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