Voi che sapete

恋心


何やら冬弥が悩んでいるらしい。
本人から聞いたわけではない、ただ見ていれば分かる、といったところだ。
冬弥は表情変化も乏しく、何を考えているか分からない事もあったが…最近はめっきりよく分かるようになってきた。
これも相棒として歌を重ねてきたからだろうか。
「…?彰人?」
「おう、どうした?」
ふわりと彼の綺麗な髪が揺れる。
灰の目の奥には僅かな疑問が浮かんでいた。
「…。…いや、何でもない」
「別に、気になることがあれば何でも言やぁいいだろ」
「…!」
冬弥が驚いた顔をする。
何故分かるのか、とでも言いたげだ。
大体分かる、と肩を竦めれば、そんなものか、と彼は目線を落とした。
「…彰人は、誰かを見ているとぎゅっと心を鷲掴みにされたり、その人のことを考えると長い小説を読んだ後のように眠れなくなったりすることはあるだろうか?」
「…。…は?」
唐突に繰り出される疑問に思わずぽかんとしてしまう。
「…お前、それ…」
「…。…俺は、彰人を見ているとその様な気持ちになる。ざわざわするというか…確かに高揚もするがそれだけでもないし、言語化するのは難しいのだが…」
「…。…それを本人に聞くのかよ…」
「あまりにも行き詰まってしまったからな。先輩方やミクたちにも聞いたのだが、特に解決策はなく、オススメの曲を教えてくれるばかりで…」
困った顔の冬弥がiPodのプレイリストを見せてきた。
クラシック畑一筋で、ストリート音楽に身を置くようになった冬弥にはあまり縁がないのでは、と思えるラインナップが並ぶ。
「それで、彰人はどうだろうか?」
ちらりと冬弥を見れば、彼は珍しく眉を顰めて彰人を見ていた。
困惑しているような、縋るような、そんな。
だから思わず苦笑して、彰人は数少ない引き出しからピックアップした曲を冬弥に共有する。
彼を想う時に聴いている、なんて教えてやる気はないが…きっとこの気持ちに気付けば何れ分かるだろう、なんて希望観測も乗せて。
「…彰人?」
「…あー…。…オレもオススメ教えてやるよ。後、それいっぱいなるまで色んな奴に聞いて曲聴くのがいいんじゃねぇか?」




「うーん…。あっ、そうだ!この前教えてもらったこの曲、すごく良いんだ。良かったら聴いてみて?」

「えー、いいじゃーん!えっと、待ってね…確かこの曲がオススメでぇ…」

「あー…。じゃあ、この曲を聴くと良いんじゃない?ミュージカルの曲なんだけど、オススメ」

「ボクにも紹介させてよー!うちのサークルとはジャンルは違うけど、このアニメの主題歌がめちゃんこ良くてさぁ!」

「とーやくん、曲探してるの?!アタシ、オススメの曲いっっぱいあるんだぁ!」



「…増えたな」
「……そうだな?」
呆れる彰人に冬弥が小さく笑う。
あれから数週間しか経っていないが、と頭を掻いた。
確かに色んな人に聞いて曲を聴くと良いとは言ったが…想像以上に増えている気がする。
心なしか嬉しそうで、彰人は彼が良いならまあいいか、と息を吐いた。
…色んな人にバレている気がするが、まあ今更ではあるし…別にこの関係が壊れるわけではないし。
「んで?分かったのか?」
「…ぼちぼち、と言ったところだ」
尋ねる彰人に、冬弥は目を細めた。
それに、そうかよ、と軽く答える。
教えられた曲たちは冬弥の気持ちに名前を付けた。
恐らく彰人の気持ちにも。
口に出すことはない、そのメロディは二人の耳に入って消えた。




「…冬弥」
「…!彰人」
ベンチに座って何やら聞いていた彼に影を落とせば、見上げた冬弥がふわ、と微笑む。
「…用事、終わったのか」
「おう、待たせたな。…ってか、それ」
イヤホンを外し、カバンにしまいかけるそれを、彰人は指差した。
僅かに首を傾げた冬弥が、ああ、と微笑む。
あの時より格段に柔らかく、分かりやすくなったそれで。
「あの時より増えたぞ。…一緒に聴くか?」
ふふ、と楽しそうな笑みになんだか悔しくなる。
ただ、別に良い、と答えるのも悔しいから手を差し出した。
再び取り出したiPodにはたくさんの曲名が並んでいる。
「なんつーか…すげぇな」
「ああ。たくさんのジャンルの曲を聴くことが出来て俺も嬉しい。…オススメは…そうだな、最近フォトコンテストで協力してくれた人から教えてもらった曲がとても良かった」
「…まあ、あの人本業みたいなもんだしな……」
言われた曲を紹介したのは、彰人も良く知ったグループの彼女で。
「そうだな。…後は…ああ、そうだ。これも…」
彼の指がスイスイとiPodを辿る。
ベースが強めの、バンドサウンドが耳を擽った。
確かに良いな、と思っていれば楽しそうに肩を揺らす彼が目の端に映る。
「?んだよ」
「いや?」
「はぁ?気になるだろーが」
イヤホンを外してがしりと肩を組めば、わ、と声を漏らした冬弥は笑みを作った。
「…当時分からなかった、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの歌曲(アリア)も、今なら分かる気がしただけだ」
何やら機嫌が良いらしい彼に、何だか心を揺さぶられ、触れるだけのキスを落とす。


長く共にいればいるほど、この曲名のない強い想いは輝きを増していくのだろう。

彰人たちの想いは名を越えてセカイを作った。

なら、この気持ちに、名前が付くなら、…セカイを作るのなら……きっと。

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