ザクカイ♀️バレンタイン

「…なぁ、忍霧」
「…どうした、鬼ヶ崎」
何かを読んでいた彼女がそれをパタンと閉じてこちらに向き直る。
やっとか、と思いつつザクロも顔を向けた。
「やっぱりどうしても理解出来ねェんだが」
「だから言っただろう」
悔しそうな彼女に、ザクロは小さく息を吐き出す。
女子メンバーから何やら貸し出されたらしいそれはカイコクを(ついでにザクロも)悩ませていた。
「無理なら無理と言えば良かったものを…」
「…。…嬢ちゃんたちの好意は悪意がねェからな…」
珍しく彼女が長い黒髪を振りながら口ごもる。
確かにカリンやヒミコは純粋に応援している気もするが…ユズはどうだろうか。
まあそれに言及すればせっかくのバレンタインが台無しになるから黙るしかないのだが。
代わりにまた息を吐き、ザクロは目線をそらす。
それもそのはず、カイコクが先程から苦戦しているのはネグリジェだった。
どこから調達したんだと頭が痛くなる。
彼女は普段浴衣だからか、こういう下着は慣れていないらしかった。
さっさと着こなしそうなイメージがあったので少し驚きはしたが。
それを知れただけ収穫だろうか。
説明書と散々にらめっこした挙句諦めたらしいカイコクに、自分の上着を投げて寄越す。
「っ!忍霧!」
「着ておけ。…風邪を引く」
キッと睨む彼女にザクロはそう言った。
一応暖房は効かせてあるが肌襦袢1枚では寒かろう。
「…」
「それに、…その、ネグリジェを着たところでどうするつもりだ」
「…は、え?」
「…貴様が簡単に着ることが出来ないものを、俺が脱がせてやる事が出来るとでも?」
「う、え…?」
ザクロの言葉に彼女が目を白黒させた。
いつも飄々としているくせにザクロが少し推すだけで慌て出すのは可愛らしいところだと言えよう。
「…お、忍霧?」
「もう待ちくたびれたのだが」
「バレンタインは始まったばかりだろ、ぅ?!」
後退る彼女を逃げるな、とその腕を引いた。
「始まったばかりだからこそ…無駄にしたくない」
真剣なザクロにたじたじになったカイコクに口付ける。


夜は、まだ始まったばかり。


…ネグリジェの陰に隠されたチョコレートに気づくまで…後、数時間。

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