或る詩謡い人形の記録〜1〜

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ふわりと蒼い髪が夜風に靡いた。
エアシップの縁に腕を置き、星を見上げるのは物憂げの表情をした蒼髪の青年・・・ロナード=ナイトスターである。
「・・・ロナード。どうかした?」
ふと彼の耳に声が届く。
振り向くと彼の従姉、ライ=ナイトスターが部屋を覗きこんでいた。
「・・・ライか。いや・・・エルディアの子ども達に何か面白い話を聞かせてやってくれと頼まれてな」
少し困った表情をするロナード。
恐らくそういうことを頼むのは元気な黄緑の髪を持つ、エルディアの青年だ。
どこか少年らしさを残す彼は若干強引に物事を頼む癖があり、またロナードはこの青年に頼まれると断ることが出来ないようだった。
「あら。・・・貴方自身の話をすれば良いじゃない」
くすり、とライが笑う。
確かにロナードは一般人が体験していないような事をやってはいるが。
「・・・今回は物語を聞かせて欲しいそうだ」
ロナードが小さく溜め息を吐く。
体験を話す分にはまだマシなのだろうロナードはそういう事を聞かせる事は苦手らしかった。
「そう・・・。・・・ならあれはどう?」
「あれ?」
微笑むライにロナードが小さく首を傾げた。
「ええ。ナイトスター家に代々伝わる物語があるでしょう」
「・・・あの話、『狂った少女と堕ちた王の話』・・・、か。・・・少し表現がきついが・・・」
「仕方がないわ。話が話ですもの」
考え込むロナードにライがそう言う。

それは、そう


昔々の物語








・・・ナイトスター家に伝わる、『或る詩謡い人形の記録』




或る詩謡い人形の記録〜1〜


「この後の予定は〜・・・王様?」
小さな王宮の、王室に響く綺麗な声。
疑問符を含んだそれは徐々に怒気を帯びていく。
「聞いていらっしゃいますか?レイナス王」
澄んだ空色の瞳を眇め、眉を釣り上がらせるのはまだ歳若い可憐な少女だ。
瞳と同じ色の蒼を基調とする服、ふわりと広がるスカートに合わす様に作られた少女の身体を護る鎧は文官のそれよりも戦士に近い。
「・・・俺は、」
そんな少女の声に答えたのは黄土色の髪とそれと同色の瞳を持つ青年だった。
この国の若き王である。
民間人の中から選ばれた、優しく人々に愛される理想の王様・・・のはずだが。
「お前には王と呼ぶなと言ったはずだけど」
ぶすっとした表情はまるで子どものようで。
それを見る少女も何処の駄々っ子だ、と呆れ顔だ。
「・・・そうは参りません。私はただの部下ですから」
「イスファルが名前で呼んでくれなかったら今日の公務しないからなー」
固い声で告げる少女に王がとんでもない言葉を言ってのけた。
癖の強い少女の黒髪が揺れる。
「そんな・・・っ、レイナス王!」
「イスファル?」
慌てたように顔を上げた少女にレイナスがニッと笑った。
王にイスファル、と呼ばれた少女がその表情を見、ぐっと黙る。
「・・・レイナス」
ややあって、はあ、とイスファルが堪えかねたように溜め息を吐いた。
「やっと昔みたいに呼んでくれたね、イスファル」
「・・・。やめてください。他の者に聞かれたらどうする・・・レイナス!」
嬉しそうなレイナスにほんの少し複雑な色を滲ませるイスファルが急に声を荒げる。
王座から飛び降りたレイナスがイスファルに抱きついたからだ。
「・・・もうっ」
白い肌を紅く染め、イスファルがレイナスを引き剥がす。
大人びて見える少女もまだ16、レイナスに怒ってみせるイスファルは歳相応に見える。
「・・・本当に止めろ。此処には二人しかいないから良いものの・・・王座を追われたらどうするつもりだ?」
「ごめんってば」
言葉を崩してレイナスを窘めるイスファルは王の側近と言うより近所のお姉さんだ。
それに謝る王もにへらっと笑うだけで反省の色もない。
まったく、と溜め息を吐いた少女は再び書類に目を落とした。
「・・・ん〜、隣国との国境で睨み合いが続いている件について?」
「・・・っ、横から覗くなっ!!」
ひょこりと書類を覗き込んだレイナスにイスファルが再び声を荒げる。
そんなイスファルをまあまあ、と宥めたレイナスは少し考えるように顎の下に手を置いた。
「・・・それで、どうなさるおつもりで?」
「あんまり戦いたくはないんだけどな」
困ったような表情でレイナスが笑う。
「イスファルを戦場に出したくないし」
にこっとレイナスが微笑んだ。
それについっと顔を背けるイスファル。
「戦場に出ろと言ったのはお前だろ」
小さな声で呟かれるそれ。
その言葉は王の右腕ではない、ただ普通の少女だった。
そんなイスファルにレイナスもにこっと笑ってみせる。
「まさかイスファルがあんなに腕が立つとは思わなかったんだよ」
「過度な期待をかけたのは誰だ?」
「俺だよ?でもイスファルはその期待に応えてくれた」
笑う王にイスファルが首を傾げた。
きょとりとする少女にレイナスが笑って続ける。
「突如現れた無名の知将『雪菫』。・・・俺の耳にも届いてるけど?」
「・・・敵将がそう呼んだだけだ。そう呼んでくれと頼んだ覚えはない」
ふい、と顔を背けるイスファルにレイナスは苦笑し、まあまあ、と宥めた。
そして彼女の手を取ってにこりと笑い、でも、と続ける。
「まさかその雪菫が俺の右腕で・・・文官だったとは皆知らないだろうからなぁ」
くつくつとレイナスが笑うのを、イスファルが呆れた目で見つめた。
「市民に慕われる賢帝は随分意地が悪いんだな?」
「本当の事だろ?」
にことレイナスが笑う。
「・・・兎に角。隣国との件についての会議を行いますので出席なさってください。本日午後4時」
「はいはい」
つっけんどんに言ってパタンとファイルを閉じるイスファルにレイナスが首を竦めた。
「・・・そういえば、遠い国の話で同じようなのがあったよな」
「え?」
唐突なそれにイスファルは首を傾げたが先程まで話していたそれを思い出したらしい。
「戦場に出てきた無名の女武将の話?」
「そう。祖国を救った少女。結末は知らないけどそこだけ聞けばイスファルみたいだ」








・・・二人が言う遠国のかの少女・・・彼女がどの様な結末を歩んだのか・・・それを彼らが知っていればこの物語の結末は違っていたのか・・・。




それは神のみぞ知る。

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