先生バースデー!(鳩彼・岩坂SSS

冷たく肌寒い実験室に私の足音が響く。
「おはようございます」
ベッドの上に横たわる坂咲君に声をかけた。
彼からは返事など返ってはこない。
度重なる薬の使用で精神崩壊しているのだろう、と私は思った。

・・・2ヶ月前だ、彼をここに連れてきたのは。

囚われ、自由を失っても彼は最後の最後まで生きる希望を失ってはいなかった。
何度も逃げ出そうとし、抵抗した。
無駄だと分かっているはずだが、彼は私の言葉に反論し、薬にも屈しなかった。
彼は頭の良い鳥だ。
私に屈するくらいならば死を選ぶだろう。
事実、何度もそうしようとした。
だが、私はそれを許さなかった。
いつもならすぐに排除してしまうのに、私はそうしなかった。
彼を・・・坂咲優夜を生きて閉じ込めるのは私自身を危険にさらす可能性もあったのにも関わらず。
彼の頭を持ち上げる。
柔らかな髪がさらりと揺れた。
ゆるりと虚ろな眼・・・濁ったマリンブルーが私を映す。
何故危険を孕んでまで彼をここに閉じ込めたか。
そんな事、至極簡単。
彼を、手に入れたかったからである。
別に自分の命には執着はない。
自分など、なぜ生まれたか分からない存在だとも思っているほどだ。
・・・そういえば、とゆっくり思考を巡らせる。
今日は誕生日ではなかったか。
誕生日。
誰の?
・・・私の。


『岩峰先生はご自分の誕生日とか執着ないんでしょうね』
おかしそうに笑う彼の、柔らかな声がリフレインする。
何故です、と聞き返せば、そんな気がするだけですと彼は返した。
「下らないですよ、自分の誕生日など」
『言うと思いました』
くすり、と彼が笑う。
「しかし・・・もし私がそれに執着していたとすれば、どうしますか。坂咲君」
『・・・そうですねぇ』
少し上を向いて考えていた彼が、いつもの、上辺だけの笑顔を作った。
『先生の欲しいものを差し上げますよ』



かつてそう綻ばせた彼の頬にメスを滑らせる。
白い坂咲君の肌に流れ落ちる、唯一私の眸にも鮮やかに映る紅いそれを掬って私は笑った。
「私の欲しいものは君ですよ。・・・坂咲君」

彼の甘さとなりうる優しさも、弟だけを見つめる目も、強い心も、生きたいと藻掻いたゆえの悲鳴も、その穢れた血さえも、全て私だけのものに出来たら。

それは素敵なことなのでしょうね。

(アイシテル)

さあ、約束を果たして下さい。

(アイシテルアイシテル)

生まれた意味さえ分からない私に、そこに存在することさえ罪とされた君を。


君を、下さい。



(それは君にとっても私にとっても残酷な誕生日)

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