残酷な幸福を(岩坂・鳩彼SSS

「岩峰先生さよならー」
「はい、さようなら」
生徒達が全員帰った事を確認した放課後、私は旧校舎の地下室に足を向けた。
階段の下、重い扉を開ける。
暗い部屋の中、小さなベッドの上に彼、坂咲君が居た。
「・・・先生」
坂咲君が笑む。
過去からは考えられないような表情で。
「いい子にしていましたか?」
「もちろん」
綺麗に微笑む彼の髪を撫でる。
ジャラリと足首につけた鎖が音を立てた。
「・・・ああ、そうだ。知っていましたか?坂咲君。今日は4月25日です」
つまり、と彼の頭に白いシーツをかける。
真っ白な検体着に包まれた彼がきょとんとした顔で私を見上げた。
「貴方の、誕生日ですよ。今日は」
「たん、じょうび」
呆けたように私の言葉を繰り返す、彼。
本来なら学園を卒業し、『仕事』に戻っているはずの彼が何故此処にいるのか。
答えは簡単だ。

私が、彼を閉じ込めた。

神経毒で弱らせ此処につれてきた彼が恐怖とクスリでこうなるまで半年かかったのだ。
私だけに縋る坂咲君。
私にだけ手を伸ばす、私が望む理想の彼に仕立て上げたのは、私だ。
「尤も・・・後数秒ですがね」
笑って、ぼんやりと私を見つめる彼の髪を撫でる。
純白のシーツに包まれた彼は、色の識別がしづらい私でも綺麗だと思えた。
「お誕生日おめでとうございます、坂咲君」
「・・・。・・・もう、過ぎてるのに?」
「後数秒あると言ったでしょう?それに、貴方の誕生日を祝っても私が楽しくないでしょう」
「ふふ、相変らず悪趣味ですねぇ」
坂咲君がくすくすと笑う。
言葉だけを見れば学園にいた頃と変わらないが、心は私の元に堕ちていた。
上辺だけの言葉を紡ぐ、綺麗な彼。
意思のない目で私を見る、彼の頬を両手で包んだ。
「大好きですよ、岩峰先生」
「エイプリルフールはとっくに過ぎましたよ?坂咲君」
私は笑う。
彼に顔を近づけて。
深い海の様に濁った目に、歪な笑みの私が映った。


偽りの結婚式を挙げましょう


私の手に堕ちた貴方と、過去にしがみ付いた私と




今日という日が最も残酷な日になるよう


・・・貴方が誰かの手によって、救い出された後も私を思い出すように




それこそが、真の絶望というものです

ねぇ、そうでしょう?



私はそれが見たいのですから






永遠に、貴方は私のモノなのですよ

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