「黒橡の夢」へし燭

黒橡の夢を見た。


真っ暗、というにはどことなく情緒がなかった。
底抜けの黒にぞっとした感情を覚えつつ歩を進める。
ひたりひたりと冷たい地を踏みしめながら長谷部は思考を巡らせた。
抓っても痛くはない、ということはここは現実ではないのだろう。
狐にでも化かされたかと思ったがそれは違う。
珍しく机上仕事もなく大酒呑み達が遠征でいないのを幸いと長谷部は早めに就寝したのだから。
寝入りが早いな、と自分のことながら朧げに思ったのも束の間、長谷部はここにいた。
と、いうことはこれは「夢」という類ではないだろうか。
なるほど、さすればこの妙に不安定な足元にも景色が見えない光景にも納得がいく。
ふと、背後でぱちんと火の粉が飛ぶ音がした。
驚いて振り向けば自分が通った道が焼けている。
「・・・は・・・?」
呆然と火柱が上がるそこを見つめた。
全く持って訳が分からない。
夢とはこう言うものだったろうか。
「・・・何、してるの?」
「?!」
思考を戻したのは少し幼い声だった。
「・・・誰だ・・・?」
「内緒。・・・そこ、危ないよ」
長谷部の低い声にも動揺せず少年・・・いや、青年か・・・は言う。
へにゃりと人の良い笑みを湛える彼は真っ黒の髪に黒い服を着ていた。
ふわふわ揺れる長い前髪の間から黒の眼帯が見える。
「・・・目、見えないのか」
「?ああ、これ?そんな事ないけど」
きょとりと長谷部の声に目を瞬かせた彼はまた笑った。
少しだけ見えた蜂蜜色が隠れた事を長谷部は惜しいと思う。
「・・・そうか」
「優しいんだ、君」
「・・・」
「まあこっちも見えてるとは言いづらいんだけど・・・」
「そう、なのか」
「見る必要も、ないし」
そう話す彼はどこか楽しそうだった。
「・・・。・・・他の人は」
「いないよ。此処には、誰も」
「は?」
長谷部の声に彼がまた笑った。
背は長谷部より大きかったがどこか子どもっぽい。
「誰もいないし誰も来ないよ。こんなところ」
ひらりと彼が舞う。
小さかった焔が背丈より大きくなった。
「こんな、ところ・・・」
「ここは蔵・・・とでも言っておくね」
彼が言う。
蔵。
いらないものを仕舞い込んではもう二度と見ない場所。
大切なものを保管しておく場所。
彼はどうやらここは前者だと言っているようだ。
「蔵なんて、来たいと思わないでしょう」
そう言う彼はどこまでも楽しそうだった。
何故こんな場所で笑っていられるのだろう。
「何も見えない、誰もいない、お前はそこで何をしている?」
「・・・何もしてないよ。ただ待ってるだけ」
にこりと彼が笑う。
途端に黒を赤が塗り潰した。
「そこにいれば焼けるぞ」
「いいよ、別に」
長谷部のそれにも彼は笑みを崩さない。
何故。
蔵と共に焼けてしまうかもしれないのに。
恐怖は・・・ないのだろうか。
「誰を待つ?!誰も来ないとお前は言った!!そんなところで、誰を!!!」
長谷部は声を荒げる。
夢なのに。
現ではないのに長谷部は腕が熱いと思った。
腕だけではない。
どこも、かしこも。
此処には彼を置いておけない。
舐める焔を睨みつけた。
「今なら間に合う!俺と来い!」
手を伸ばす。
彼がふわりと首を振った。
焔が周りを包む。
誰とも分からない、名を・・・叫んだ。
「×××!!!」
手を伸ばす。
届かない。
「・・・ごめんね」
微笑む彼が塵と消え、長谷部は現実に引き戻された。



「燭台切光忠、じゃない?」
「は?」
その声に長谷部は顔を上げる。
畑仕事の片手間に話していた夢の内容に答えが返ってくるとは思わなかった。
まして相手は加州清光である。
何故だか彼は長谷部の事が嫌いな様であった。
「燭台切・・・?誰だ、それは」
「っ」
聞いたことのない名に首を傾げれば清光はぐっと唇を噛みしめた。
「・・・?質問に答え・・・」
「へし切のばーか!」
「おい、加州清光!」
「安定にでも聞けば?!」
べ、と彼が舌を出し走り出す。
彼くらいなら捕まえられなくもなかったけれど、それを溜息一つで諦める。
「・・・。貴様は知っているのか、大和守安定」
「まあ、何となくは」
振り向かずに言えば先程まで馬小屋にいたであろう大和守安定がくすくすと笑いながら言った。
「相変わらずですね」
「今はいいだろう。・・・それで?」
笑う青年に答えを促せば安定は笑いを引っ込めて。
「燭台切光忠・・・うちの本丸には『いません』よ」


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イラストは雪白様に頂きました…光忠も可愛いし長谷部もカッコいい…えへぇ……。
元々は、#ふぁぼ来た数だけちょっと作りたい同人誌のタイトルとあらすじを書く タグのあらすじからでした!

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