夕涼み(へし燭SSS・ワンドロお題)

暑い。
今年の夏は特別だとは聞いたがはてこれほどまでに暑いものだろうか。
夕方になれば流石に涼しかろうと風呂上りに縁側へと来てみたがやはり暑い。
「あれ?長谷部君?」
声にそちらを向けばそちらでは光忠が水をまいていた。
少しでも涼しくしようという彼の心遣いだろう。
そういえば蚊取り線香も置いてある。
縁側の下には水が張った桶の中に缶の麦酒があった。
まさか。
「あはは、ばれちゃったか」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、柄杓を後ろ手に光忠は言う。
「ね、台所に枝豆があるから取って来くれないか。僕着替えてくるから」
「は?」
「よろしくね、長谷部君」
にこりと笑い光忠が部屋へと入っていく。
まるで共犯者だよと言う様に。


ちりりと風鈴の音がする。
彼は黒い着流しに着替えてきていた。
合わせに入った金色が鮮やかで良く似合っている、と思う。
どうやらこれは前々から計画していたようで、今日の食事当番である加州清光も大和守安定も知っていた。
寧ろ「邪魔するな」と注意されたほどである。
「邪魔していいのか」
「もちろん。一人じゃつまらないし」
光忠が表情を崩した。
良く聞けばこれは本丸全員・・・長谷部を除いて・・・の総意らしかった。
家事を任せっきりになっている為、休んでもらいたいと用意したようだ。
本当は水撒きも他の者がやるはずだったようだがこれくらいはと押し切られたらしい。
「自分で用意するから麦酒も美味しく感じると思うんだ」と彼は笑った。
はたはたと光忠が団扇で胸元を仰ぐ。
黒い浴衣、ちらりと見えるは彼の白い肌。
「あ、長谷部君麦酒いるかい?」
「・・・ああ、貰おうか」
優しく微笑む彼に一瞬悩んでから長谷部は頷く。
良く冷えた麦酒とへしょりと笑う彼と。
ここで襲えば怒られるのだろうなとは思った。
折角光忠が夕涼みだと色々用意したのに余計に暑くなることをしてどうする、耐えろ、と自分の理性に言い聞かせる。
「・・・?何だい、長谷部君」
「・・・。・・・いや、何も」
こてりと首を傾げる光忠に長谷部はぐいと麦酒を呑み干した。


『夕涼み よくぞ男に生まれけり』

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