童話(へし燭SSS・ワンドロお題)

絵本「人柱アリス」のパロディ注意


昔々の話をしようか長船の子よ。


これはこの国ではない、海を越えた遠い遠い世界の話。


誰が見たのか分からない、小さな夢の物語。




「もう、どこ行ったんだろう・・・大倶利伽羅」
ほてほてと森の中を歩きながら燭台切光忠は、はあと溜息を吐く。
彼は普段から「独り」を公言としているから心配はしなくても良いのだろうが・・・状況が状況だった。
鶴丸国永を隊長とする第3部隊が帰って来たかと思った途端、彼は「大倶利伽羅がいなくなった!」と叫んだのだ。
混乱する鶴丸を何とか宥め共に出陣していた薬研藤四郎に良く良く聞けば単独行動をすると隊から抜けた彼を追いかけていった先で、大倶利伽羅は何か霞のようなものに呑まれたのだという。
半信半疑でその場所に行けば本当に霞が浮かんでいた。
思わず手を突っ込んでしまった所そのまま引っ張られ光忠は気付けばこの「森」にいた、という訳である。
「格好悪いなぁ」
もう一度溜息を吐き出して光忠は周りを見渡した。
今までいた世界とは全く違う、木々が立ち並ぶ紅い道。
大倶利伽羅が此処に来たのだろうと確信が持てたのは彼のペンダントが落ちていたからである。
道なりに進めば彼に会えるのではと足を進めているがなかなか景色が変わらず、光忠は少し疲れを感じていた。
傍の切株に腰を下ろす。
ぼんやりと空を見上げ、口を開いた。
無意識に歌が零れる。
「♪」
誰に教えてもらったのかも覚えていない、それは古い歌だった。
「・・・おい!」
「?!はい!」
背後から急に呼ばれ、光忠はびくりと振り返る。
そこにいたのは榛色の髪に藤色の目の男だった。
「え、えと」
見た事がある、と思ったが名前が出てこない。
首を傾げていると男は光忠の手をぎゅっと握った。
「その歌、ステージで歌ってはくれんか」
「は?!」
突然の申し出に光忠は目を丸くする。
そんな事を言われたのは初めてだった。
「無理を言っているのはわかっている。しかし俺はお前の歌を色んな人に届けたいと思ったんだ。協力してくれ、頼む」
深く頭を下げられ、光忠は戸惑う。
おろおろと男の前に手を差し出した。
「頭を上げてくれ。・・・いいよ、協力する」
「!!感謝する。・・・お前、名はなんという?」
「僕、は」
ぱっと顔を上げた男に名を告げようとした途端、目の前が紫色に染まる。
ぐらりと地面が揺れ、踏鞴を踏んだ。
(僕は、どんな顔で・・・笑ってたっけ)
「・・・み、つただ」
何とかして表情を作り、声を絞り出す。
「光忠か。俺は長谷部国重。国重と呼ぶといい。よろしくな」
「・・・う、ん。よ、ろしくね・・・国重君」
手を差し出す男・・・国重に光忠はその手を握り返した。
ああ、と国重が笑う。
「俺の家はこっちだ。来い」
「あ、うん」
その笑顔はどこかで見たようなそれで。
(まあ、いいか)
目の前が遠くなる感覚に頭を振り、光忠は国重の後ろを追いかけた。



その後彼の家に連れていかれ、詳しい話をされた。
2日に1度、街のステージで用意された歌を歌うのが光忠の仕事らしい。
「そういえばどうして此処に来たんだ」
「ああ、えっと・・・ね・・・?」
国重に問われ、話し出そうとした光忠は再びぐらりと揺れる眼前にぼおっと宙を見つめた。
「なん、だっけ・・・?」
「?まあいい。ここでの仕事さえこなしてくれれば、な」
「う、ん」
国重の言葉にこくりと頷く。
そうすればすうっと霧が晴れていくような気がした。
「・・・国重君は何の仕事をしているんだい?」
「俺か?俺は薔薇を作っている。・・・見せてやろう」
そう言って国重が連れて行ってくれたのは温室だった。
所狭しと青い薔薇が咲き誇っている。
「凄いじゃないか!蒼い薔薇は希少なんだよ?」
「いや。俺が咲かせたいのは紅い薔薇だ」
ゆるく首を振る国重。
どういう思いがあるのか分からないが光忠が知っている世界とは違って青い薔薇が主流で赤い薔薇が希少らしかった。
「国重君なら出来るよ、きっと」
光忠はにこりと笑む。
それに長谷部は静かに笑った。
碧い薔薇を1本、光忠の胸に挿し「これが枯れるまでに紅い薔薇作ると誓う」と言う国重に光忠は頷く。
「僕も何か手伝えるところは手伝うよ。・・・国重君」
「感謝する、光忠」
くすくすと二人で笑い合う。
何だか秘密を共有してるみたいだと光忠は思った。




それから暫く。
光忠がステージで歌を歌い始めてから・・・何日経ったか。
彼が立つたびにチケットは売り切れ、毎回満員御礼という時期が数か月続いた頃。
綺麗な歌声は唯の音と化し、それでも人々は光忠の「歌」を望んだ。
そういえばどうしてここにいるんだろうと今まで気にも留めなかった疑問が浮かぶ。
「お前は歌を歌っていればいい。・・・な」
「・・・う、ん」
それでも国重に言われれば頭がぼんやりとし、頷くしかなかった。
・・・そんな、ある日。
「なあ、光忠」
「なあに、国重く・・・ん・・・?!」
久しぶりの休日、彼が育てていた青い薔薇を手で弄んでいた光忠は国重に呼ばれ振り返る。
ドン、という音が響いた。
衝撃で薔薇が折れる。
ぐらりと身体が傾いた。
なんで、と思う間もなく地面に堕ちる。
遅れてやってきた痛みに躰を引きつらせながら振り返れば国重が嗤っていた。
薔薇が染まる。
1輪は赤に、もう1輪は・・・。
「俺でも扱えたよ。便利だな、銃とは」
国重が綺麗に笑う。
「これを使えば紅い薔薇が手に入れられると聞いたものでな。・・・ああ、噂は本物だった」
硝煙を纏わせて国重が近づいてきた。
胸に刺さっていた薔薇が「赤」に染まっているのを見て国重が笑みを深くする。
それは黒に近い赤。
国重が望んだ・・・色。
くすくすと笑って国重は光忠を抱き寄せる。
「やっと・・・手に入れた紅い薔薇。・・・お前は俺だけのモノだ」
大人しい2番目の「  」は不思議の国に狂った男と二人きり。
一生愛でられ枯れていく。



「なーあー、いつまで続くのこの紅い道」
「しーらないよ。・・・あ、家だ」
「ちょっと、まさか入る気?やだよ俺不法侵入とか」
「なんでそう物騒な考えしてんの清光は。ちゃんと声かけるよ・・・すみませーん」
「安定にだけは言われたくないしー?・・・こーんにちはー」



「・・・ああ、客人か。入るといい。・・・茶でも、どうだ?」

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