そして、恋をやめる日/誓い(へし燭SSS・ワンドロお題)*黒ウェディングドレス

夜戦から帰り、自室に戻る。
「・・・大和守」
「はい?」
その中を見、溜息を一つ吐き出した長谷部は同じ部隊で部屋に戻ろうとしていた大和守安定に声をかけた。
「これを持って帰れ」
「え?・・・ああ」
長谷部のそれにきょと、とした彼は部屋を覗き込んでくすりと笑う。
「はいはい、お邪魔しました」
可笑しそうに肩を揺すり、光忠と寄り添うようにして眠る加州清光を抱き上げた。
戦の前に二人部屋に残してきたと思ったが、そのまま眠ってしまったようである。
彼らを見送り、長谷部はすやすやと眠る光忠の横に座った。
先程主から頂いた黒色の西洋の花嫁衣裳・・・確かウェディングドレスと言ったか・・・を着こんだ光忠はとても綺麗で。
思わずそっとその頬に触れる。
「・・・んっ・・・」
身じろぐ声にびくりと手を離すがもう遅かった。
ぼんやりと目を開け、探すように辺りを見回す。
焦点が合い、眼を瞬かせた。
「・・・はせ・・・べ、くん?」
「ああ、すまん、起こした」
「ううん、いいよ。・・・お帰り」
へしょりと彼が笑む。
この、自分だけを見る瞬間が長谷部は好きだった。
小さく笑みを作り「ただいま」と返す。
「寝るなら脱げばいいだろう」
「君が、いないのに?」
長谷部の言葉に光忠は首を傾げた。
「は?」
「一人じゃ脱げないし。・・・それに、花嫁衣装は勝手に脱ぐものじゃないだろう?」
微笑んで彼が言う。
結婚式ごっこもまだ途中だったしねと付け加えて布団の上に座り直した。

「誓いの・・・きす、を」

薄い光が差し込む部屋の中、黒い花嫁衣裳を着て微笑む光忠は本当に・・・綺麗で。
自分の語彙の少なさを歯がゆく思う。
「先程もせんかったか?」
「宣言しなかったからね」
二人でくすくすと笑い合い、どちらともなく見つめて口付けを交わした。
ちりりと風鈴の音だけが夜風に響く。

恋は沼なのだという。
ならば沼から這い出て二人、恋をやめよう。

「ごっこ・・・か」
「?長谷部君?」
口を離し、呟く長谷部に光忠が小さく首を傾げた。
その彼をぐいと抱き寄せる。
「俺の花嫁になれ・・・結婚しよう、燭台切」
「は、せ・・・」
「いや。・・・光忠」
「・・・!!」
名を囁く長谷部に光忠は驚いたかのように目を見開いたかと思うとふわりと破顔した。
ずるいなあと呟き、ぺこりとお辞儀をする。
「不束者ですがよろしくお願いします」
眼を眇める彼は、極上の笑顔で。
(ああ、どちらがずるいのかと)
「僕と・・・約束を、してくれるかな?」
光忠が微笑む。
・・・彼が、光忠が望むなら。
「ああ、誓おう」
彼の白い手首に口付けを落とす。
恋をやめ、愛を誓おう。
この笑みをずっと、護っていけるように。

そして、長谷部は今日をもって恋をやめる。


花嫁というのは家庭を守るものだという。
だが彼はどうだろう。
家事全般任されているという意味では家庭を守ってはいるが、戦闘にも駆り出される光忠には長谷部と同じように命の危険がある。
何より周りに人がいた。
己と同じように、護りたいと思うものが現れた場合どうする。
敵に襲われた場合は?
・・・そんなもの、赦される筈がない。
光忠に触れるのも、見るのも、感じるのも、己唯一人でいい。
(・・・ああ、そうか)
その思考の末端、そこに行きついた長谷部は嗤う。
己の持つ愛は彼にとって幸福なものであると信じて。
どんな手段を使っても彼を・・・独占(まも)らなくてはいけない。
こうしてはいられないと長谷部は主の元へ足を向ける。


恋は沼と同義。
長谷部が浸かった沼はもう誰にも変えられぬ色をして、底へと引き摺り込んでいった。



「新たに部屋を頂きたいのです」

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