涙(へし燭SSS・ワンドロお題)*大太刀長谷部×織田時代光忠

黒い着流しを引き摺って廊下を歩く綺麗な一振り。
「光忠」
「国重様」
ぱっと顔を輝かしてこちらに来る光忠の頬を撫でる。
「主がお前を戦場に連れていきたいと言っていた」
「本当ですか?!」
「ああ。お前の真の誕生、だな」
紫の目を丸くする光忠に笑いかけた。
余程驚いたのだろう、ただただ呆けている。
「お前の誕生を喜ぼう」
「国重、さま・・・」
頭を撫でた途端、呆けていた光忠の目から雫がつうと流れ落ちた。
「どうした?」
「え?あれ??」
戸惑った様にぱちぱちと瞬きする光忠の頬にほろりと雫が流れる。
「国重様」
ほろほろとそれを流しながら彼は問うた。
「これはなんでしょう」
「これ?」
「今この光忠に流れる水です。痛くはない、のに」
「そうか」
不思議そうな光忠の目から次々と流れるそれ。
そっと拭って長谷部は笑った。
「これは、『なみだ』と言う」
「なみだ・・・」
「哀しい時、嬉しい時、怒る時、様々な時に流れるものだ。お前のなみだはどれだ?」
問い掛けると光忠はややあって見上げる。
「嬉しいのです、国重様」
くしゃりと笑って彼が言った。
光忠が初めて流したなみだは、この世に生を受けた事を喜ぶなみだ。




「あ、長谷部くん」
「燭台切?」
ふわふわと笑って光忠がこちらに駆け寄ってくる。
「どうした」
「?お出迎えだけど」
にこりと笑う彼。
「そ、そうか」
それが眩しくてふいと顔を背ける。
「お帰り。長谷部くん」
「ああ。・・・そうだ、土産だぞ」
「え?」
きょとりとするかれにそら、と万事屋で買ったそれを差し出した。
包みを開き、団子屋で買ったそれを一つ、口に放り込んでやる。
咀嚼する好きだろうと言えばぽかんとこちらを見。
「えと、長谷部くん」
「何だ?」
「これ、何?」
「・・・?ずんだだが」
疑問の意味が分からずそう言えば彼は困ったように、あのね、と口を開く。
「これ、鶯餡だよね?」
「なっ」
「えっ、本気で間違えたの?」
長谷部の様子を見て本気だと思ったのだろう、ふるふるとその肩が震え出した。
「ふ、はは、あはは!」
珍しく大きな声で笑いながら光忠は涙をぬぐう。
「ああ、おかしい」
「泣くまで笑う奴があるか」
「だって」
くすくすと光忠が笑う。
綺麗だと思った。
2度目の涙は、彼がこの世界を楽しんでいる所以の涙。



「光忠」
そっと眠る光忠の頬を撫でる。
ゆっくりと金の目を開き、長谷部を認めてびくりと肩を震わせた。
「はせ、べ、くん」
怯えた様にこちらを見て、途端にぽろぽろと泪を溢す。
この部屋に光忠を閉じ込めて、彼はどれほどに泪を流し続けたろうか。
長谷部もそれは分からない。
ただその泪も綺麗だと、そう思う。
長谷部に、長谷部だけに見せる、泪。
それがとても愛おしいと。
「いい加減俺の物になれ、光忠」
「・・・。・・・ねえどうして分かってくれないの」
ほろほろと光忠は泪を溢す。
分からないのはこちらの方だ。
何故彼は泪を流すのだろう。
泪を舐め取ればひっと息を呑む。
また新たに雫が溢れ出た。
3度目の泪は、自分を理解しないという怒りと悲しみの泪。


扉の奥から彼の泣き声が聞こえた。
ゆっくりと扉を開けると、ふわりと振り向く。
「光忠」
「長谷部くん」
泣き腫らした目を眇めて笑う光忠。
近付いてそっと抱きしめる。
新たなそれを溢れさせる光忠の頭を撫でて紫と金の目を見つめた。
「俺はここだ」
「うん」
「光忠」
「・・・はい」
顔を上げる光忠の目に口付けを施す。
「もう、泣くな」
「長谷部、くん」
「お前はもう実践刀じゃない。そうだろう」
「・・・僕、は」
「お前は、俺だけの美術品であればいい。俺の、傍にいてくれないか」
「・・・う、ん」
どろりと濁った眼に、溢れる綺麗な水。
透き通るような肌に流れる1筋のそれ。
最後のナミダは、自分を・・・刀としての己を失った悲しみと『  』のナミダ。

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