雨(へし燭SSS・ワンドロお題)

雨、雨雨、梅雨の季節



その日、本丸では初めて雨が降った。
人の身体を模して見た初めての雨である。
水が空から落ちてきたと喜ぶものもいたが、それが一週間も続けば皆が不平を言い始め、長谷部も口には出さぬこそすれ、出陣できない苛立ちを感じていた。
それでも事務仕事に従事できるのは有り難く、静かな雨の音に耳を傾けながら仕事を片付ける。
ふと、そういえば帳簿が物置にあったなと立ち上がった。
渡り廊下を挟んで向かい、この距離なら傘もいらぬだろう。
ぱしゃりと水溜まりを踏み、長谷部は肩に落ちた水滴を払ってから物置の戸を開けた。
暗がり、懐中電灯でも持ってくるべきだったかと目を凝らしたその時である。
がたん!という激しい音に長谷部は思わず「誰だ!」怒鳴り声を上げた。
誰も入らないはずの物置である、不審者なら引っ張り出してやろうとそちらへ歩を向ける。
「…燭台切?」
「…せべ、く…」
そこにいたのは大きな体躯をできるだけ小さく縮こませ、かたかたと震える光忠であった。
「…そんなところで、何を」
「…格好悪い話なんだけどね、傷が疼くんだよ」
問う長谷部に、弱々しく笑って光忠は言う。
そっと押さえたのは眼帯をしている方の目で、そういえば紫色のそれには傷が付いているのだと語っていたことがあったな、と長谷部はぼんやり思った。
彼が伊達家に行ったのはこんな雨の日だったかもしれない。
長谷部はそれを覚えてはいないけれど。
はあ、とため息を吐き出し、びくりと身体を跳ねさせる光忠の隣に腰を下ろした。
彼をぐいと引き寄せ、頭を撫でる。
「雨の日は俺の部屋に来い」
「…ぇ?」
「一人で耐えるなら俺に頼ればいいだろう。相手はしてやれんかもしれないが肩なら貸してやる」
「…長谷部くん……」
ふにゃりと笑う光忠の目に手を添えてやった。
光忠が暖かいねと笑む。


暗がり、雨を一人で堪え忍ぶ彼にも優しい雨の音を。
(雨の日の楽しみができたと長谷部はそっと笑んだ)

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