『貴女と二人、星空逃避行』
桜井えさと
「…あれ」
自主練が終わり、廊下に出たミクは思ったより静かなそれに目を瞬かせた。
普段は楽器の音がしたり、話し声が聞こえたりするのに。
「みんな、どこかに行ってるのかな」
首を傾げながらミクは廊下を歩く。
たまに空き教室を覗きながら歩き続け…いつの間にか外に出てしまった。
おかしい。
今までこんな静かなことはなかった。
…そのはずなのに。
賑やかなのに慣れすぎてしまったのかな、とミクは駅に続く階段を上る。
「…あ」
目線の先、制服のスカートを揺らすルカがいた。
ルカ、と声をかけようとした瞬間、電車が滑り込んで来る。
駅構内に生えた木の葉が不自然に揺れた。
俯いた彼女は長い髪を掻き上げ、それから。
「っ、待って!!」
開いたドアにルカの姿が吸い込まれていく。
…思い出す、一歌たちが黒い靄によって倒れたことを。
思い出す、カイトたちが突然別セカイに飛ばされたことを…。
階段を駆け上がり、閉まりかけたドアに体をねじ込んだ。
「?!ミク?!」
「…っ、はぁ、間に合った…!」
息を整えるミクに、ルカが綺麗な目を丸くする。
どうしたの、と言いたげな彼女はそれを口にする代わりに「…駆け込み乗車は危ないわよ」と言った。
「しょうがないでしょ、ルカまでいなくなったらどうしようかと思って…」
「…?『私』まで??」
きょとんとするルカに、しまった、と思う。
そこまで言うつもりもなかったのに。
「…っ、何でもないっ!それより、電車に乗ってどこに行くの?」
「ふふ、たまには1人で小旅行も良いかと思って」
「…ん?」
「だって、レンとカイトは志歩や一歌と屋上で雑誌見ながら意見交換会、リンとメイコは咲希や穂波と家庭科室でお菓子作りでしょう?ミクは自主練中だったし。電車旅も素敵だな、って、それだけよ?」
「…なんだ…」
ルカのそれに力が抜け、はぁ、と座席に腰を下ろす。
ごめんなさいね?とルカはふわふわと笑いながら隣に座ってきた。
「別に良いけど…。今度からは声かけてよね」
「ええ、そうするわ」
にこり、とルカは微笑む。
タタンタタン、と音を立て電車が揺れた。
「見て、ミク。電車から見る星空って屋上から見るのとまた違って見えるわね」
「うん、そうだね」
そんなことを言いながら指差す彼女のそれを、ミクはぎゅっと握る。
「ミク?」
「別に」
すい、と目を逸らせば、あら、とまたルカは笑った。
それから、何か柔らかなものがミクの頬に触れる。
思わずバッと彼女を見、いたずらっぽく笑うそれが目に入った。
いつだって敵わないな、と思う。
「ちゃんと傍にいてよ、私の一等星」
「あら、ならちゃんと見ていてほしいわ?」
二人して言葉を紡ぎ、ふは、と笑った。
そういえば、とルカが天井を見た。
「二人だけでこうしていると、何だか志歩が聴かせてくれた曲を思い出すわね」
「え?」
「ほら、志歩のお姉さんと咲希の好きなアイドルがカバーしたって教えてくれた、バーチャルシンガーのカバー曲。その続編」
「…ああ……」
その言葉にミクもまた天井を仰ぐ。
たしか、あれは……。
「「もう帰れないね」」
二人して顔を見合わせて出た歌詞が同じで、また吹き出した。
「…あれは逃避行じゃなかった?この電車はまたあそこに戻るでしょ」
「そうね…。ミクはロミオって感じじゃないものね?」
「…そうだね。それに私は、悲劇の主人公になるつもりもないし、ね」
ミクのそれにルカはふわふわと笑う。
バンドの先輩と後輩。
このセカイが出来た頃から、ずっと傍にいた、あこがれの人。
ルカは…ミクの全てだった。
随分と賑やかになってしまったけれど、それは今も変わらない。
大好きな…ミクだけの、ルカ。
「ねぇミク。少し逃避行してみない?」
「えぇ?悲劇の主人公になるつもりはないって言ったのに」
少しワクワクしたようなルカに、ミクは少し眉をひそめる。
「私だって悲劇のヒロインになるつもりはないわ?でも、逃避行ってどんなのか気になってしまって」
「うぅん…??」
ルカのそれに、ミクは疑問符を浮かべた。
別に周りから否定されているわけでもない、今が二人で逃げたいほど辛いわけでもない。
それは逃避行と言えるのだろうか?
「~…♪」
ミクの疑問を、ルカの小さな歌声がかき消した。
まあ良いか、と思いながら、ミクも同じようにメロディを紡ぐ。
タタン、と電車が揺れた。
夕と夜の境目、時間限定の逃避行
二人の歌を乗せて、セカイに夜が来るー…
コメントを書く...
Comments