「ん」
「…は?」
そろそろ部屋に帰るか、と立ち上がったアンヤを遮るように長い腕がソファから出てきた。
ひょいとそこに座っていた彼が何かを差し出してくる。
あまりに不意打ちだったから、思わず受け取ってしまった。
「…んだこれ、茶?」
渡されたそれをしげしげと見つめていれば、くすりと彼、カイコクが笑う。
柔らかいそれにどきりとしながら、いつもこうしていりゃあ良いのに、なんて思ってしまった。
「ミントティーだと」
「…。…珍しいな、オメェが横文字の茶とか」
名前を聞き、アンヤは首を傾げる。
カイコクは日本茶が好きなはずだ。
あまり紅茶を嗜んでいるところも見たことがなかった。
なのに何故。
「ミントティーには副交感神経を落ち着かせる効果があるらしいって聞いたからねェ。まあ、丁度良いんじゃねェか?」
くつくつと彼は笑う。
何か躱された気がする、とアンヤは顔を顰めた。
「何が丁度良いんだよ、ったく…」
ため息を吐きながらアンヤは隣にどかりと座り直す。
ぱちくりとカイコクが綺麗な黒曜石を瞬かせた。
「え?」
「は?」
疑問符を浮かべる彼に、アンヤも短い疑問を投げかける。
「くれるっつーことは淹れてくれんだろ」
「…あぁ、そういう…」
ふは、とカイコクが笑った。
しゃあねェな、と軽口を叩いた彼が立ち上がる。
マグカップを二つ持って戻ってきたそれからは湯気がたっていた。
「んだよ、テメェも飲むのかよ」
「俺が淹れるんだから問題ないと思うがねェ」
「オレにくれたんだろーが」
「細かいこたぁ気にすんない」
くすくす笑いながらひょいと袋を取り上げてそれを開ける。
爽やかな香りが広がった。


張り詰めた日常に、紅茶の茶葉のように広がる、穏やかな一瞬を。



「…誕生日おめでとさん」
「…おう、あんがとな」

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