とーやの日
「…冬弥ァ、待たせ……。…あ?」
とある日の放課後、少し用事があるから、と待たせてしまっていた冬弥を迎えに行った時だった。
「あっ、彰人!おそーい!」
「…杏は待たせてねぇだろ」
大きく手を振る杏にため息を吐きながらそう言う。
おろおろと2人を見比べるのは寧々、小さく肩を揺らすのは冬弥だ。
「冬弥を待たせてたのは事実じゃん。ねー?」
「…まあ、そうだな」
「あっ、てめっ」
小首を傾げる杏に冬弥が笑いながら頷く。
声を荒らげた彰人は、「…で?」と寧々と杏を見やった。
「今日は用事じゃなかったのかよ」
「…あー、うん、まあ…」
「まだちょっと時間があるんだ。…ね、白石さん」
曖昧な返事の杏に、寧々が微笑みかける。
「あ?」
「そう!そうなの!」
「…実は、今日、花火大会があるんだそうだ」
彰人たちのやり取りを見ていた冬弥が口を開いた。
それに、そういえば、と思い出す。
秋の花火大会、なんて珍しいだろうと、ここらではまあまあ大きなイベントだったはずだ。
かなりの集客があるらしい。
中学時代に行こうと挑戦した絵名と、友人である愛莉が(絵名はともかく、愛莉まで)人が多過ぎてもう行かないと言っていたのを覚えている。
「…あー…」
「私は草薙さんと一緒に行くんだ、ねっ、草薙さん!」
「うん。…東雲くんは、青柳くんと行かないの?」
杏のそれに頷いた寧々が聞いてくる。
彰人は少し考えた後、頭に手をやり、髪を掻きながら、空を見上げた。
「…あーいう人が多いの、オレは苦手なんだよな…」
SNSで見たお祭りの様子を思い出しながら言い、腕を組んでから…何故だかわくわくした様子の二人がこちらを見ているのに気付く。
「…んだよ」
「…やはり期待に応えてくれるな、彰人は」
「あぁ?!」
睨む彰人にキラキラした目の冬弥が言った。
…何かに巻き込まれていると知ったが後の祭りで。
「…どういうつもりだ、杏!」
「なんで私だけ名指し?!!」
「ま、まあまあ!」
言い争いになりかける前に、と止める寧々、より先に、「ごめんね、東雲くん!」との声が聞こえる。
「あ?!桐谷?!」
「私が杏と草薙さん、青柳くんを巻き込んだの」
「…いや、東雲くんを巻き込もうって決めたのはここにいる全員でしょ」
「…日野森まで」
物陰から出てきたのは遥と志歩である…何故他校の彼女らが普通にいるのは置いといて。
「うんうん、やはり東雲くんをキャスティングしたのは間違いなかったようだね」
「そうだなぁ!彰人ならやってくれると信じていたぞ!」
「…アンタらはなんで毎回いるんスか」
同じく物陰から登場する類と司に彰人は嫌な顔をした。
思ったより壮大なあれそれに巻き込まれたようだ。
「で?説明は?」
不遜な態度の彰人に、遥が申し訳なさそうに言う。
「実は、今度私達のグループで男女ユニットの曲をカバーすることになって…」
「遥が冒頭の男子パートを担当することになって、所作にちょっと迷ってたんだ。ね」
「色々試してみたんだけど何かしっくりこないよね、って話になって」
「…一番このセリフ言いそうなのは東雲くんだよねって話になった、って訳」
女子たちが口々に言う。
なるほど、それなら合点がいった。
歌詞と同じセリフを、彰人はまんまと言ってしまったらしい。
それがなんだか悔しかった。
「すまない、彰人。桐谷さんから相談を受けて、つい顔が思い浮かんでしまった」
「…いや、別にそれはいいけどよ…。日野森も草薙もこっち側だろ」
謝る冬弥に彰人は頭を掻く。
別に彼に頼られて悪い気はしないが…それより言いたいことがあった。
「そんなことないよ。…桐谷さんが行きたいならどこでも行くし」
「わっ、わたしも!白石さんのためなら頑張るよ」
「…日野森さん…」
「草薙さん…っ!」
何故か盛り上がる女子たちを見ながら呆れる彰人に、冬弥が袖口を引いてきた。
「それで、彰人は行かないのか?」
「あ?花火大会の話は冗談じゃ…」
「いや?その話自体は本気だが」
こてりと首を傾げる冬弥の肩を、司が抱く。
「彰人が嫌ならば構わないぞ!…冬弥、今日はオレと共に行くとしようではないか!何せ今日は一年に一回の特別な日なのだからなぁ!」
大きな声で笑う司が含んだ目でニヤリと笑った。
まさか。
「…っ!行くに決まってんだろ!」
「…!良いのか?」
「ほう?今年は棄権かと思ったぞ?」
「はっ、その挑発には乗らねぇからな」
啖呵を切りにらみ返す彰人と、珍しく余裕そうな司。
間では冬弥が焦りながらもなんだか嬉しそうで。
それを見ながらおやおや、と類が笑う。
「…いつから勝負になったんだろ」
寧々に抱きついている杏がその様子を見ながら呟いた。
「…類は行かなくて良いの?」
「ふふ、もう少し高みの見物をしておこうかな」
見上げる寧々に類が笑う。
「…神代さん、余裕ですね…」
「何か策があるんですか?」
感心したような志歩と、首を傾げる遥に類はただ微笑んでみせた。
夏から秋に変わった風が吹く。
本日10月8日、毎年恒例とーやの日!
(誰が冬弥を一番喜ばせられるか勝負する日になってる、なんて野暮な話ですよ!)
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