水陸松がにょた化した話

クズでバカな兄たちだなぁと思っていた。
いや、それはみんな同じだし、なんなら僕もだし。
だけど、だけれども。
「うわっ?!」
「げほっ、げほっ、なん…?!」
帰ってきた途端、二階から白い煙と焦った声が聞こえた時も、ああ、またバカやってんだな、くらいにしか思わなかった、んだけれども。
「トッティおっかえリーグチャンピョンシップ!!」
「ただいま、十四松兄さん。二階に誰がいるの?」
「えっとねー!チョロ松にーさんとカラ松にーさん!!!」
常にハイテンションの一つ上の兄、十四松兄さんが僕の質問に答えてくれた。
じゃあ二階から聞こえた惨事は次男と三男のものか。
カラ松兄さんもチョロ松兄さんもバカだけど事件を引き起こすほどのバカじゃない、と思ってたのに…珍しいな。
はぁ、とため息を吐き出して僕は階段を登る。
出来れば余り関わり合いになりたくないけど、同じ屋根の下で暮らしてるんだからそうもいかないんだよね。
あーあ、末弟って損だよ、もう。
「カラ松兄さーん、チョロ松兄さーん、なんか凄い音したけどだいじょー………」
「あ、お帰りトッティ」
「おお、トッティ帰ってたのか」
襖を開けた先にいたのは、全てが素晴らしく痛い次男と自意識がライジングな三男……のはずだった。
僕ら兄弟、六つ子だけれども女子は一人もいない……そのはずだったのに。
「………は???」
「いや、帰ってくるなり、は?ってなんだよトッティ。馬鹿にしてんの?」
「チョロまぁつ、いきなり喧嘩腰なのは良くないぞ?」
ムッと睨んでくるチョロ松兄さんとそれを窘めるカラ松兄さん…いつもの光景だ……ただ一つを除いて。
「………女子」
「は?」
「ん?」
「なっっっんで兄さんが姉さんになってるの?!!!馬鹿なの?!!恐怖だわ!二人揃って何なのもう!!!!!」
ビシッと指を指す。
僕の知ってるカラ松兄さんとチョロ松兄さんはおらず、姉さん、つまり女になっていた。
……ほっんとうちのバカ兄共は!!!!
「姉さん?何言ってるのお前」
「そうだぞ、トッティ。あまりそんな冗談はするもんじゃぁない」
「冗談でそんな話するかバカ!!!!」



「つまり?デカパン博士の所でモテる薬を貰って?二人で飲んだって??」
僕の言葉に二人は渋々、と言ったように頷いた。
「…カラ松兄さんは抜けてるから分かるけどさぁ、なんでチョロ松兄さんまで……」
「………モテて金がもらえるなら良いかと思って」
「…………いくら」
ちょっと涙目のチョロ松兄さん…いや、姉さんか…がパーを出す。
「5万で自分売ってんなこのばか!」
「いや?5000円だ」
怒鳴る僕にカラ松……えっと、姉さんがきょとん顔で言った。 
「やっっす?!バカなの?!!」
「……お前、兄に向かってバカバカ言い過ぎ……」
「言うでしょ!どーすんの、これ……」

チョロ松姉さんは怒られ慣れてないからかちょっと涙目だし。

ちなみにカラ松姉さんは胸までの長い髪にでかい乳、チョロ松姉さんは肩までのボブヘアに控えめの乳だ。
何というか、うん、おそ松兄さんと一松兄さんが喜びそうで嫌。
凄い嫌。

「で?おそ松兄さんと一松兄さんはどこ行ったの」
「フッ、銀弾に導かれし勝利という名の運命の歯車をヴィーナスに捧げ」
「パチンコ」
「あそ。じゃあ暫く帰って来ないかな」



「……あのな、トド松」
「なぁに、カラ松姉さん。さっさと着替え……」
「………チョロ松の話、ちょっと、その」
カラ松姉さんが言葉を濁す。
やっぱり。
チョロ松姉さんは自分の自意識と女子のことになるとポンコツだけれど、危機管理はカラ松姉さんよりしっかりしてるはずだ。
美味い話にホイホイ着いていくようなチョロさは持ち合わせていない。
それなのに何でこんなことになっているのか。
「…何か、あったんだね」
僕の言葉にカラ松姉さんはこくりと頷く。
「すまない、俺が付いていながら」
「起きちゃったことは仕方ないよ。で?何があったの?」

4人でパチンコに行った、財布を忘れたから取りに戻ると言うチョロ松兄さんに着いて一緒に戻った、そこまでは合ってるらしい。
でも。
「知らない人が、襲ってきたんだ」
カラ松姉さんが言う。
後ろから殴りかかってきたからカラ松兄さんが反射で蹴り飛ばした。
チョロ松兄さんも応戦した。
結果向こうが全滅した。
だから、油断が生じた。
歩き出したチョロ松兄さんに男の一人が何かを注射したという。
崩れ落ちたチョロ松兄さんに駆け寄ったカラ松兄さんも腕を掴まれ注射されたが、何とか殴り飛ばし…意識が朦朧とする中デカパン博士に助けを求めた。
目を覚ましたカラ松兄さんは、成分解析に時間がかかり過ぎて解毒剤を飲んでも副作用が残ってしまうこと、その副作用が女体化であること、一ヶ月待てばその副作用は消えるはずだということを聞かされた。
そして、チョロ松兄さんに知られたくないカラ松兄さんはチョロ松兄さんに嘘を真実だと思い込ませる薬を飲ませている……。
ざっと掻い摘むとこんな感じだ。
本当、優しいんだから。

「…で?本当はどうなの、チョロ松姉さん」
「姉さんって呼ぶんじゃねぇよ。俺は心まで女体化したつもりはないから」
嫌そうな顔のチョロ松姉さんがどかりと座る。
黄緑のチェック柄のネルシャツに緑の松パーカーは確か高校のときのやつだ。
ジーンズが細身なのもあってあまり違和感がない。
「はいはい。で?噂のほどは?」
「大体は、正解」
ブスくれるチョロ松姉さん。
「…大体?」
「そ。乱闘起こしたのも、俺らが勝ったのも、不意打ちで薬打たれたのも合ってんだよ。腹立つけどな。違うのは…カラ松がやったこと」
「カラ松、兄さんが?」
僕のそれにチョロ松姉さんが頷いた。
「カラ松は俺を担いでデカパン博士の所に行った。チョロ松がよく分からない薬を打たれた、俺はどうでも良いからチョロ松を助けてくれ、と。デカパン博士は俺を助けてくれた…カラ松を放置して。そりゃあそうだよ。デカパン博士はカラ松が同じ薬を打たれたなんて知らないんだから」
「…」
「俺が目をさましたのは二本目の解毒剤を打たれる直前だった。薬を全量打たれた俺と違ってカラ松は半量だったらしい。何故わかったかと言えば…カラ松が意識を失う寸前に注射器を落としたから。解毒剤は俺を戻すには充分な量だったんだけど、カラ松もとなれば話は別だった。だから薬が出来るまで二人仲良く毒に蝕ままれることにしたわけ」

「待って、カラ松兄さんが薬を打たれたってどうして証明できるの?チョロ松兄さんが全量と注射器にはない半分、打たれてるかもしれない」
「それはねぇよ」
きっぱりとチョロ松姉さんが言った。
「なんで?」
「俺は、カラ松も押さえつけられて注射されてるのは見てる。それに、博士が確認したカラ松の腕にも注射痕があった。確定的だろ」
「フェイクだったら?」
「何のために?俺を確実に殺すため?…そんなことするくらいなら俺一人の時に狙ってるはずだ。二人の時に襲うなんてリスクは犯さない。違うか?」


「いったいよねぇ」
「いーんだよ。カラ松だけに正義のヒーロー面させてたまるか」


おそ松兄さんと一松兄さんには今は知られないほうが良い。
何故なら二人ともカラ松兄さんとチョロ松兄さん(今は二人とも姉さんだけど)のモンペだから。
誰とも知れない馬の骨にカラ松兄さんとチョロ松兄さんがしてやられたとなればあの二人は黙ってない…絶対に。
身内だから良かった、なんてこれほど安堵したこともない。


「トッティ、チョロ松姉さん、やきう行ってくんね!」 
十四松兄さんが言う。
チョロ松姉さんは「姉さん言うな!」と言った後、諦めたように「あんまり汚すなよ。カラ松が心配する」と告げた。
「りょーかいでありんす!」
「あ、晩御飯までに帰って来てね、十四松兄さん」
「あいあい!」


僕ほどじゃあないけど、十四松兄さんも十分モンペだよね。


「トッティ彼女?」
「まっさかぁ、違うよ。今日は姉さんたちの買い物に付き合って…」
言いかけて止まる。
僕らが入ろうとしていたのは下着屋だ。
普通は兄弟姉妹でそんなところ行かない、はず。
しかもこの二人は僕の家族構成を知っている。
「えー、トッティお姉さんもいたんだっけ?」
「でもお姉さんと下着屋さん行くってちょっと…どうなの…?」
怪しむように彼女たちが見つめてきた。
…やっばい、墓穴掘ったぁあ…。
どーする?どうしよー…。
「…トッティ、ちゃんと【従姉妹の】って言わないとだめだろう?」
むう、と頬を膨らませる…カラ松、姉さん。
…へ?
「そうそう。…実は、この連休を利用して遊びに来てるんだ、私たち。よろしくね」
にっこりと言うのはチョロ松姉さんだ。
…チョロ松姉さん、そんな顔できるんだぁあ…。
「なあんだ、そうなの」
「でも、従姉弟って言っても下着屋に連れて行くのは酷くない?」
その質問にカラ松姉さんが俯く。
「それが…荷物を何者かに盗られてしまって」
「お金が入ったショルダーは無事だったんだけど…、服が一切入ったキャリーが無くなっちゃって…。叔母様に言ったら心配かけちゃうし」
「そしたらトッティが見つかるまで着の身着のままもなんだからって連れ出してくれたんだ。な、トッティ?」
カラ松姉さんが微笑み、チョロ松姉さんが目線で合図を送ってくる。
合わせろ、と。
はいはい、僕は末弟らしくお姉ちゃんに従いますよっと。
ってかよくそんな嘘がとっさに出るよねーー。
「そうなんだ。他の家族に知られるのもややこしいからね」
「えー、トッティ優しいー!」
「じゃあじゃあ、私たちが代わりに手伝ってあげるー!」
「え、本当?!いいの?!助かるよー。僕じゃ店内には入れないしって思ってたんだー」

「へえ…可愛い子連れてんじゃん、トッティ」
「お兄ちゃんにも紹介してよー。…なあ、トド松、くん?」

「…一松兄さん、おそ松兄さん…」
思わず、うわあと言う顔をしてしまう。
僕の本当の試練は…此処からのようだった。




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