ゆるゆるした監禁の話(アカカイ)

「おはようございます。…イイコにしてました?」
からりと部屋の戸を開ける。
俺の声に何かの本を読んでいた彼が眼鏡…運転中と勉強の時は眼鏡着用らしい…を外してふわ、と笑った。
「おう。…おはようさん」
俺に向かって手を振る彼、鬼ヶ崎カイコクさん。
ひらりと振る綺麗な手には重い手枷が付いていた。
…いや、付いていたというのは…表現として少しおかしい。
だって、これを付けたのは俺だから。
彼は今俺に…『監禁されている』。
その少し前の話。
「カイコクさん、カイコクさん!」
「なんでぇ、入出」
俺に用事かい、と聞くカイコクさんのほっそりした手をぎゅっと握る。
「俺に、監禁されてください!」
俺の突拍子もないそれに、キョトンとした後、カイコクさんはくすくすと笑った。
「なんでぇそりゃあ」
「俺は本気です!」
真剣にそう言えば、ふぅん、と言った彼は「監禁したいって、何するんでぇ」と聞いてくる。
「えとまずは鍵を締めます、窓は嵌め殺しです」
「ほぉう?それで?」
「監禁なので縛ります!手を!紐で!」
「痛ぇのはごめんだが」
「じゃあ縛るのは止めにしましょう。そうだ、布団!高級羽毛布団用意しますよ!後、檜風呂と高級茶葉の緑茶」「…悪くねえな」
俺のプレゼンに、カイコクさんは少し考え込んだ。
これは、もう少しなのでは?
まさかの好感触に言葉を畳み掛けようとしたその時。
「「危機感!!!」」
スターン!と鋭いツッコミが入る。
振り返った先に居たのはいつもの二人だった。
「忍霧?駆堂?」
不思議そうな表情をするカイコクさん。
いつも仲が悪い忍霧さんとアンヤ君が二人して来たのが意外だったみたいだ。
「監禁とか不穏な話してっから突っ込んじまったじゃねぇか」
こっちに来てからすっかりツッコミ体質になってしまったアンヤ君が言う。
その後ろで忍霧さんがハラハラしっぱなしだ。
白の部屋の件があるからだと思う。
「なに言ってやがる、入出が本気な訳ないだろ。なぁ、入出」
話を振られて俺は笑顔だけを返す。
それにカイコクさんはちょっと引いた表情をした。
「…え」
「お食事、和食が良いですよね。お魚は赤身と白身、どちらが好きですか?」
「…魚は…白身………」
質問に全く別の質問で返せば、少し引きながらもしっかり答えてくれる。
なんだかんだカイコクさんも真面目だ。
「逃げろ、鬼ヶ崎!」
「アカツキは意外と有言実行なタイプだぞ!」
ギャンギャンと二人が後ろから忠告と言う名のツッコミを入れてくる。
もー、後もうちょっとなんだから邪魔しないで欲しいんですけどねー!
その後もちょっとした条件を提示してくるカイコクさんに猛アタックする俺をアンヤ君と忍霧さんがめちゃくちゃ止める、というやり取りが続いた。
それを中断させたのはまさかのカイコクさん本人で。
「ちっと過保護だぜ、ご両人」
ふわり、と笑ったカイコクさんが忍霧さんとアンヤ君の頭に手を乗せた。
「可憐なヒロインでもあるめぇに」
可笑しそうに肩を揺らすカイコクさんに二人はふいと顔を逸らす。
…まあ、俺も分からなくはないですけどねー…。
「てかお前さんは何で俺なんかを監禁したいんでぇ」
こてりとカイコクさんが首を傾げた。
「えー、だってカイコクさん普段はあまりお話出来ないし一度ゆっくりお話してみたいんですよ」
「…や……」
口籠るカイコクさんに俺はずいと顔を近づけた。
「きっと楽しいです!」
「…楽しいのか」
「はい!」
「…分かったわかった」
苦笑する彼はとても綺麗で可愛らしい。
一番、好きな表情だ。
「鬼ヤローよく考えろ、話すだけなら今でも出来る」
「目先に囚われるな鬼ヶ崎!」
アンヤ君と忍霧さんが言う。
そうさなぁ、と少し考える素振りをしたカイコクさんが笑んだ。
「一回くらい、いいんじゃねぇか?」
「…なっ!」
「貴様…!」
「まァ、暇潰しにはならぁ。な?入出」
言葉を失う二人にカイコクが言う。
本人がそう言うなら二人も止める義理はない訳で。
それでも何か言いたげな忍霧さんに、カイコクさんは人差し指を一本立てて、しぃ、という動作をする。
それだけですっかり黙りこくってしまった。
「しっかし、ずっと監禁されてやるつもりはねぇぜ?」
「え」
「そうさな。期限は10日間。延長は無しだ。…ゲームに支障が出ても困る」
「分かりました」
悪戯っぽい笑みを浮かべるカイコクさんのそれに俺はにっこり笑う。
こうして、俺とカイコクさんの緩やかな監禁は始まった。
「お食事、お持ちしましたよー」
「ほう、朝から焼きサンマかい。豪勢だな」
楽しそうにカイコクさんが笑む。
いただきます、と手を合わせ、綺麗な箸さばきで魚の骨を取っていく彼は見ていて飽きなかった。
そういえば、と思い出すのはユズ先輩の言葉で。
『あっきー、知っているかい?自由の象徴とも言われる猫が何故人に飼われているか。それは、その方が自分にとって都合が良いと気付くからさ。危険な思いをしてまで餌を取る必要がない。楽、というものに罪悪感なんてないんだ。人間だって本来はそうさ。親に縛られ、学校や会社という社会に縛られる。それを良しとするのは楽をして報酬を得る事に罪悪感があるからだ。猫にはそれがない。外という自由は奪われるが結局家の中という自由は残る。それで妥協するのさ。枷はあれど自由はあると思い込んでいる。思考を停止する。所謂、緩慢な自殺、というやつだね』
「緩慢な…自殺」
「?どうした、入出」
キョトンとしたカイコクに、俺はにっこり笑う。
何でもないです、と言って温めの玉露が入った湯呑みを差し出した。
じゃらりと鳴る手枷は、最初は顔を顰めたものの移動に邪魔にならないと分かればアクセサリーと化してしまったらしい。
「美味しいですか?」
「ん?あぁ、美味いな」
俺の問いにカイコクさんが応えてくれた。
流れる、ゆったりとした時間。
…そのお茶には、遅効性の媚薬が含まれてるなんて、知らないんだろう。
意外と自分に関してうっかりしている、可愛いカイコクさん。
アンヤくんや忍霧さんを振り切って『俺』を選んだカイコクさん。
自由を信じた哀れな…猫。

10日後、鍵が開いて、カイコクさんは…部屋から出ていけるでしょうか。
(それは、俺だけが知っている)

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