誰が君を落とせるか?!

「駆堂、今日こそ貴様を泣かせてやる」
「そっくりそのまま返すぜ、マスク野郎!」
「マキノさん、俺、絶対に負けませんからね!」
「…僕も…アカツキくんに…負けない…!」

いつも平和なはずのゲノムタワーに、不穏な空気が流れる。
怪訝そうな顔で食堂に入ってきたのはカリンだ。
「…なんです?あれ」
「第一回カイさん争奪☆チキチキレース!だぜ」
「…誰が鬼ヶ崎さんを落とせるか、勝負しているそうです」
その疑問に答えたのはユズとヒミコである。
面白いことには全力で乗っかるユズはともかく、争いは止めるタイプのヒミコが傍観者に徹しているということは、押し切られたか見ていても問題ないと判断したのか。
「…女子を差し置いて?」
「女子を差し置いて」
カリンの尤もな疑問にニヤニヤと笑うユズ、その傍らで苦笑いを浮かべるヒミコ。
そして。
「…俺が一番不本意なんだがねェ、孃ちゃん」
不機嫌な様相を隠そうともしないのは件の当事者、カイコクだ。
普段は感情を隠すのが上手な方であるから、余程この状況は嫌らしかった。
「あら、愛されてるじゃないですか」
「そうだぜ、カイさん。もっと喜び給えよ」
「そっ、そうですよ!何にせよ好かれてるんですから」
「…嬉しくねぇ」
口々に言う女子に、カイコクはぶすくれる。
人をいじる癖に彼自身弄られるのは嫌なのだろう彼が、普段は飄々と隠す感情を顕にさせるのが彼女達は珍しいだけで、嫉妬をしているわけではなかった。
その少し先では、カイコクの想いをあまり汲まない男子達による睨み合いは続いていて。
「っし、こーなったら拳で決めようぜ」
「狡いですよ、アンヤくん!俺、体育2です!」
「…痛いの…良くない……」
「暴力は俺も反対だな。自分にだけ有利なものを持ち出すのも些か…」
「あ?!大体勝負っつーのは自分に有利にするもんだろーが!」
ギャーギャーと言い争い彼らにユズがふむ、と腕を組む。
「カリリンは、誰に賭ける?」
「そうね…逢河さん、かな…」
真剣な表情で聞くユズにカリンも小さく上を向いた。
「あっ、ズルいぞ?!ボクだってマキマキに賭けたい!」
「それじゃ賭けにならないでしょ!」
「…おい、路々さん、孃ちゃん」
嫌そうな表情でカイコクが突っ込みを入れる。
それに、あはは…と乾いた笑いを洩らすのはヒミコだ。
「…それにしても、あれ…終わるんでしょうか…」
ふわりと首を傾げる彼女に、ユズとカリンも顔を見合わせる。
勝負どころか、内容さえ決まってないらしい彼らのそれは、確かに埒が明かなかった。
「おうい、青少年たち。とりあえず口説いてみるのはどうだい?1番手っ取り早いし、何より言葉は想いが一番乗りやすい」
ユズのそれに顔を見合わせた彼らはそれもそうかとこちらにやって来る。
先手必勝とばかりにカイコクの手を取ったのはザクロだ。
「鬼ヶ崎。俺と、その…血判書を交わしては貰えないだろうか?!」
「断る」
あまりにもあっさりばっさり。
固まるザクロを押し退けたのはアンヤだ。
「鬼ヤロー、オレと付き合えや」
「嫌でェ」
「カイコクさん、俺と付き合うと良い事沢山ありますよ、あれとかそれとか」
「無理」
「…カイコッくん…だめ…?」
「だぁめ」
続くアカツキとマキノも秒殺したカイコクがにっこりと笑う。
「小手先だけの言葉で俺が落とせるとでも?…その考えが気に喰わねぇ」
彼が放つ言葉は確かにその通りでしかなくこっ酷く振られた彼らは言葉を飲み込んだ。
「本気なら頑張って俺を落としてみてくんな?」
くすりと不敵に笑うカイコクはあまりにも美しく。
振られたはずの彼らは再び頭をフル回転させる。
カイコクを、自由で気ままな美しい彼を…手に入れたい、その一心しかなく、同世代の仲間たちには負けてはいられないのだ。
「…けど、考えるにしたって随分かかるぜ?どうだろう、纏まるまでボクらとお茶しないかい?カイさん」
にっこりとユズが笑う。
「それ良いわね!私、日本茶の美味しい淹れ方を勉強している最中なんです!鬼ヶ崎さんに教えてもらえたら嬉しいなって」
「じゃあ私の部屋にどうぞ。丁度美味しいお魚のお煎餅があるんですよ」
カリンとヒミコのそれに、カイコクは嬉しそうに笑んだ。
「伊奈葉ちゃんが良いって言うなら…お邪魔させてもらうかねェ」
「はい、ぜひ!」
あれよあれよという間に約束が取り付けられていくそれに、ぽかんとするのは争っていた男子たちである。
「そんな訳で、カイさんはちょっと借りるぜ?」
ユズのそれに待ったをかけたのは果たして誰だったろうか。
くる、と振り返った彼女たちが浮かべる…悪い笑み。
「忍霧、駆堂、入出、逢河。…言葉が用意出来たら教えてくんなァ。待ってるぜ」
これから何をされるか分かっていないであろうカイコクが花が咲くように微笑った美しい微笑と彼女らの黒い笑みに固まっていれば、パタンと扉が閉まる。
「ひーみん、ボクらにはお茶請けないのかい?」
「大福がありますよ。…見た目からじゃ分からない…とびきり甘いやつです」
「私、大福好きなのよねぇ。分けっこしましょ、ユズ先輩、ヒミコちゃん」
「いいねぇ。…ボクらは仲良しだから、にゃあ?」
…勝者である彼女たちの、不穏な言葉を残して。

暫く硬直していた彼らだったが、アカツキがスッと手を挙げる。
「…反省会、しましょう」
確してその提案に反対する者は誰も居らず、勝負はお預けと相成ったのであった。
(今のままでは敵うこと等ありはしない。
手強いライバル達に勝つには手を組む事も必要だと、青少年は学びました!)(終)

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