今日はうれしい(ザクカイ)

今日は3月3日。
世で言う桃の節句…ひな祭りである。
「っし、こんなもんだろ」
ぽん、と帯を軽く叩かれ、ザクロはほぅ、と息を吐いた。
「…見事なものだな」
「そうかい?慣れりゃ楽だぜ」
着物を着付けてくれたカイコクが笑う。
ひな祭りだからお雛様に擬えた格好を、と言い出したのは誰だったか。
結局、内裏雛を誰がやるかで散々揉め、ならば三人官女と五人囃子でと相成ったのだ。
普段から着物を着慣れているカイコクなら…十二単も似合っただろうに、と思いながらもその言葉を飲み込む。
怒らせるのはあまり得策ではなかった。
…ただでさえザクロは地雷を踏みやすいのに。
代わりに息を一つ吐き出し、ザクロはみんなの待つ部屋へと向かった。
「一番!駆堂アンヤ!歌います!」
「いーぞー!アン坊ー!」
わーわーと周りの声が騒がしい。
ほんの少しだけ輪から外れたザクロはようやっと安息を手に入れた。
以前の花見では甘酒で酔っ払い、散々な醜態を晒した…らしいのだ。
何故、らしい、かといえばザクロ自身がとんと覚えていないからである。
だから今日は甘酒攻撃を避け、素面を保っていた。
そう、ザクロ…は。
「…」
「…大丈夫か、鬼ヶ崎」
代わりに飲まされてしまったのかはたまた自分から飲んだのか、ぽやりとした表情のカイコクに声をかける。
目元が緩み、肌を桃のように染めた彼は明らかに酔っていることがわかった。
「…酔って、ねェ」
「…いや、酔っているだろう」
「…酔って…ねェもん…」
「普段の貴様はそんな口調じゃないと思うが…?」
拗ねた口調のカイコクに、ため息を吐く。
確かに少し幼くて可愛いけれども、心配でもあるのだ。
「…っ、忍霧っ、酒!!」
「…わかった」
ムッとしたように言うから諦めつつお猪口を手に取る。
中に入った液体を己の口に入れ、カイコクに口付けた。
「んっ、んぅ…ふ…ぁ……ぁんっ、んく…ぁう…」
とろんと溶けた彼は与えられるままにその液体を飲む。
全部飲んだのを確認してからザクロは離れた。
「…味が…しねぇ…」
「水だからな」
不思議そうな彼に言いながら零れた水を拭ってやれば途端にムッとする。
「酒って、言った」
「いや、貴様も未成年だろう?…甘酒だが」
だから止せ、と静止すると何故か泣きそうに表情を歪ませた。
カイコクは酒には強そうなのだが…何故ここまで酔ってしまったのだろう。
「どうしたんだ鬼ヶ崎、貴様らしくもない」
「…。お前さんが、名前で呼んでくんねぇ、から」
「…はぁ??」
カイコクの小さな告白に、ザクロはきょとんとした。
そういえば以前の花見で、酔っ払った際に彼の名を呼んだ…ような。
「…だからって何故貴様が酔うんだ。俺を酔わせるでなく」
「…っ!お前さんが!飲んでくんねぇから!!!」
「…あ」
声を荒らげるカイコクに、はたと気付く。
そういえば今回やたら飲めと誘ってきたのはカイコクだっけ。
俺も飲むから、と自分だけ大量に飲み、挙句酔ってしまったのだろう。
まったく…彼は可愛いのだから。
「…。…貴様が酔ってしまっては意味がないだろう?…カイコク」
そっと名を呼べば、へにゃりと心底幸せそうに笑った。
ふわりと、桃の花弁が空に舞う。
「…来いっ!」
これ以上無防備な姿を見せたくはない!とカイコクの手を引いた。
立ち上がらせ、タワーに向かって歩く。
「…おし、ぎりぃ…?」
「貴様が満足するまで名を呼んでやる。だから、あまりそういう顔を見せてくれるな…」
甘い声で首をかしげるカイコクに、ザクロの悲痛な願いが霧散した。

望み通り彼の名を呼んでやり、酔いが醒めた…酔った記憶のばっちり残るカイコクに嫌というほど名を呼ぶのは…また、別の話。
(春の弥生のこの良き今日日、何より嬉しい…本日ひな祭り!)

name
email
url
comment