猫の日ですから!

朝起きて

目が覚めて

…俺の恋人は大変なことになっていた。


「おっ、ザッくんー!今日も朝から元気だにゃー!」
「…路々森…っ?!」
ランニングから帰り、部屋に帰る前に水でも、と食堂に寄ったザクロを待ち受けていたのはいつも以上にテンションが高いユズである。
きゃっほぅ!っと抱きつこうとするユズを躱しつつ、彼女に今までは付いてなかったモノを指差した。
「…それは、一体……?」
「ああ、これかい?」
指差した先でひょこひょこと揺れる、ユズの白い髪と同系色のネコ耳。
…髪と同系色のネコ耳!
「可愛いだろう?今日は猫の日だからにゃあ?」
「…なんだって?」
「…猫の日、ですよ忍霧さん」
知りません?とかけられた声はカリンで、彼女にも同系色のネコ耳が頭から生えている。
「2月22日、2が3つでにゃんにゃんにゃん」
「今年は、令和2年、西暦だと2020年だぜ?にゃおにゃおにゃんにゃんにゃん、だ!」
どやぁ!と胸を張るユズにザクロは、はぁ、と返事を返すしかなかった。
「まあ、なんだ。だから今日は女子全員猫の恰好なんだぜ?」
「…全員?」
「あっ、忍霧さん!」
ユズの言葉に引っかかりを見せたザクロに届く、ヒミコのそれに振り向けば彼女もまた同じ様な格好になっていて。
「…路々森…更屋敷はともかく、伊奈葉はやめてやれ…」
「待って忍霧さん、私はともかくってどーいう…!」
「わわっ、喧嘩はだめですー…!」
わーわーと騒いでいれば次第に皆が集まってくる。
「…ヒミコちゃん…可愛い……」
「えへへ…ありがとうございます」
マキノがヒミコを撫で、微笑ましい空間が錬成されているかと思えば。
「カリンさん、耳もふもふですね…」
「触ったら殺すわ」
「ずるいぞ、あっきー!ボクだってまだカリリンの猫耳触ってないのに!あっきーにはアン坊がいるだろう?!」
「なんでだよ、オレ猫耳じゃねぇだろーが!よしんば、猫耳だったとしても触らせねぇよ!」
「俺、パンダ耳がいいです!」
「猫の日かんけーねーだろーが!!」
何やら攻防戦も繰り広げられていてザクロは溜息を吐き出し、ペットボトルを手に離脱した。
ユズによれば人体に悪影響はないから彼女らを心配する必要もないのだろうが。
と、ふとポケットに違和感を感じた。
探ってみれば小さな小瓶が入っており、ラベルには猫の絵文字と矢印、その先には人の絵文字が書いてあり、ザクロは首を傾げる。
後で聞こうとポケットに戻し、自室の扉を開いた…刹那。
「来るんじゃねぇ!」
「…鬼ヶ崎?」
鋭い声に迎えられ、一瞬固まったもののあまり聞かない彼の声にザクロは慌てて部屋に入る。
「どうした…ん、だ…」
開いた扉の先、ザクロよりほんの少しだけ小さくなった、猫耳猫尻尾装備のカイコクが、そこにいた。
「…来んにゃって言ったのに」
「…すまん」
ぶすくれる彼はシタンっ、シタンっ、と尻尾を床に打ち付け不快感を全面的に表していた。
カイコクによれば、ザクロの部屋でうとうとしていた所を訪ねてきたユズから貰ったトローチを舐めた際にこうなったらしい。
あまりに無防備というか何というか。
先程の瓶はこの為か、と小さく嘆息した。
そも、ここはザクロの部屋なのだから来るなと言うのもおかしな話だとは思うが。
「…鬼ヶ崎、これに痛覚はあるのか?」
「みぎゃっ?!!」
むぎゅ、と黒い尻尾を引っつかめば、カイコクは目を見開き、耳を水平にさせた。
「にゃにしやがる!」
「…あ、ああ、すまない」
怒れるカイコクに謝罪し、ザクロはそれを撫で擦る。
ん、と甘ったるい声がザクロの耳を擽った。
まるで情事の時のようで思わず唾を飲み込む。
「…なあ、耳はどうなっているんだ」
「んぅ!……耳は、やめてくんなぁ…」
するりと擽ってやれば小さく首を振った。
だがそれでやめるザクロではない。
ころんとベッドに転がし、三角耳を唇で食んだ。
「ひっ?!お、しぎり…っ!それ、やだ…っ!」
「嫌なら抜け出してみせろ」
「こ、の…っ!」
いけしゃあしゃあと言うザクロにカイコクが涙目で睨む。
ただでさえいつもより小さいのに、直接的に快楽を与えられている…、カイコクに勝てるわけがないのだ。
「きの…さんざ、ん…やった、だろ……っ!」
「そうだったか?」
へにゃりと耳をへたらせるカイコクにすっとぼけて見せ、ザクロはそっと口付ける。
…解毒の瓶のことは暫く言わないで置こうと、思った。


だって、特別な猫の日だから。

いつも気ままで自由な、猫みたいな彼を…独り占めしたいじゃないか!


(ザクロの部屋に、カイコクの声が響き渡るまで……22秒)

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