大人もたまには甘えたい!/ヒノシン

「そういえば、誕生日だった」
ぽつんと呟けば、普段は無視されるそれが拾い上げられた。
「…妹さんのですか?」
「んや、俺の」
小さく首を傾げるのはクライアントである駆堂シンヤである。
その質問に軽く返すと、綺麗な赤の瞳を大きく見開いた。
「…えと…おめでとう、御座います」
「あはは、ありがとう。シンヤ君は優しいなぁ」
少し戸惑ったように言うシンヤにヒノキは笑って返す。
助手であるシズハ等は完全に無視だし、実の妹であるカリンもいつの間にか祝ってくれなくなった。
それなのにも関わらず、赤の他人であるのに彼はこうやって祝ってくれる。
律儀だなぁ、なんて笑っていれば彼はますます困惑した顔をした。
「…あまり、祝ってもらえないんですか?」
「んー?まあねぇ。こんな歳だし、うちの女性陣は厳しいから」
ストレートな言葉に苦笑しながら答えると、数秒の間があって頭部にふわりと重みが感じられる。
…頭を撫でられているのだ、と気づいたのは暫く経ってからだった。
おや、と目を見開くヒノキにシンヤは首を傾げる。
「えぇと、シンヤくん?」
「…ヒノキさん、優しさが欲しいって言ってたから…昔アンヤ…弟によくやってたんですけど…嫌でしたか」
割りと純粋たる行為だったことに驚きつつ、弟と一緒かぁ、と複雑な気持ちになった。
もう少し特別なそれでも良かったなぁと思いながらヒノキは、ありがとうと言う。
「嬉しいよ、シンヤ君」
「…良かったです」
にこ、と笑うシンヤは…疲れているのだろうか、美しいなぁ、と…思った。
「…シンヤ君さぁ、もうちょい近く来てよ」
「?はい」
ちょいちょい、と手招きすれば疑問符を浮かべながらシンヤが寄ってくる。
チョロい、と思いつつ近づいてきた彼に抱き着いた。
「?!あ、の」
「俺さぁ、もうちょい優しさがさぁ……」
「…はあ…」
突然の奇行にもシンヤは驚きながらも受け入れてくれる。
調子に乗って力を込めるとまた頭を撫でてくれた。
…彼は聖母ではなかろうか。
これ以上は色々怒られるやつだろうか、なんて思っていれば。
「…何やっていらっしゃるんですか?所長」
「…シズハ君」
硬い声が聞こえ、ギギギ、と重い音を鳴らしそうなほどにゆっくり振り向いた。
背後には人を殺しそうな表情の彼女がいて思わずホールドアップする。
「いや、あの、これには訳が!」
「言い訳不要です、所長」
「…あの、俺がやり始めた事なんで…」
殺気が凄まじいシズハにシンヤもオロオロしながら言った。
女神か、と崇めそうになるがたぶんそれは隣のアテーナ(戦いの女神)が許さないだろう。
「シンヤ君、嫌なことは嫌と言わないと調子に乗りますよ」
「はあ…」
「ひどいなぁ、シズハ君は!」
軽く言っただけなのに、シズハはギロリと睨んだ。
「…ドーナツ要らないんですね?シンヤ君、二人で食べましょう」
「待って待ってごめん、謝るから俺も入れて」
シズハとヒノキの、割といつも通りなそれにシンヤが小さく笑う。
ただそれだけなのに、幸せだなぁと思った。


甘えさせてくれるから、甘えたのです!
(なんて言い訳が出来る、バースデー。
それは、案外彼の方も)

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