クールなお前はオレのメイド様?!(彰冬)

「…なんだよ、これ…」
呆然と、彰人が呟く。
「あ、遅かったじゃん、彰人ー!」
小さな声に気づいてか否か、黒い『スカート』を翻して杏が笑った。
「わわっ!!東雲くん、えっと、いらっしゃい」
店の奥から出てきたこはねが『ヘッドドレス』を揺らしてはにかむ。
いつものセカイ、いつもの店に来たはずだが…これは一体どういうことなのだろうか。
「あら、こんにちは」
朗らかに笑うのはこの店のマスターでもあるMEIKOだ。
「今休憩にしようと思っていたところよ。今日は助かったわぁ」
「いえいえー!普段のお礼もあるし、ね?こはね!」
「うん!…それに、こういう機会でもないとこんな衣装着ないから…」
杏の問いにこはねが頷き、黒いスカートを持ち上げる。
「あら、二人ともよく似合ってるわよ?」
「ありがとうございます、MEIKOさん!」
「えへへー、私はちょこっと恥ずかしいけどねー」
照れる杏に、こはねが「杏ちゃん、凄く似合ってるよ!」と言った。
「ありがとー、こはね!こはねもすっごく可愛い!」
「えへへ、ありがとう、杏ちゃん!」
きゃー!と抱き着く杏に、へにゃりとこはねが笑う。
何だこれ、と彰人は小さく呟いた。
この二人が仲睦まじいのは今に始まったことではないのだけれど。
「つか、なんでこんな事になってんだ」
「ふふ、実はね…」
くすくすとMEIKOが笑う。
実は、この間の中間テスト前、この店で長時間テスト勉強をさせてもらった、という経緯もあり、普段からお世話になっているMEIKOに何か手伝うことはないか、と聞いたのだそうだ。
店を休みにして大掃除をしようと思っていたらしいMEIKOが喜んだのは良いが、そのままでは服が汚れてしまう、と貸してくれたのがこの『メイド服』だったらしい。
「3人分あったからね、丁度良いと思って」
「何が丁度良いんだ…あ?3人?」
からからと笑うMEIKOに嫌そうな顔をしたが、ふとその言葉が気になった。
そういえば先に行っていた冬弥はどうしたのだろう。
「…MEIKOさん、こっちは終わりまし…彰人?!」
「…冬弥?!」
ふわりとした声に振り向けば、冬弥が珍しく驚いた顔をしていた。
二人と揃いの…尤も、丈は長目だったが…スカートが揺れる。
クラシックメイドっていうのよ、とMEIKOが言った。
「いや、種類はどっちでも、つかお前も大人しく着てるんじゃねーよ…」
「仕方がないだろう。MEIKOさんが着て欲しいと言うから…。それに、男性用だし」
「着て欲しいってそん…男性用?マジで?」
冬弥のそれに彰人は思わず聞き返す。
他所のセカイにいる男性型バーチャルシンガー、KAITOのものらしく、背丈が似ているから着れるだろうと充てがわれたようだ。
…何故そのKAITOがメイド服を持っているのかは甚だ疑問ではあったが、あまり深く突っ込むのは野暮か、とへぇ、とだけ返す。
「普段接客をしない子のメイド姿も良いと思ってねー」
楽しそうに笑ったMEIKOがコーヒーを淹れに奥に引っ込んだ。
私達も手伝う!と杏とこはねも着いていき、二人きりになる。
「案外似合ってんな」
「…止めてくれ。…彰人が来るならこんな格好はしなかったのに」
スカートをつまみ上げる彰人に、ムッとした顔で冬弥が言った。
「そこはオレの前だけにしろよ」
「嫌だ」
ぺいっと手を振り払われ、即答されて思わずブスくれる。
「んじゃ、今日だけオレのメイドになってくんね?」
「…また、そういう…」
懲りない彰人に、はぁ、と冬弥が溜息を吐き出した。
「なあ、オレパンケーキ食いたいんだけど。メイドさん」
笑う彰人に、冷たい目を向けていた冬弥は息を吐き。
「分かりました。…ご主人様」
ふわ、と笑みを浮かべ、踵を返す。
冬弥がいなくなった後で真っ赤になった彰人だけが残された。
「…待て、待て待て、んなの卑怯だぞ、冬弥!!!」
「彰人うるさいー!」
キッチンの奥に向かって怒鳴れば、杏のそれがコーヒーの良い匂いと共に返ってくる。

真面目な彼が見せる、珍しいそれは。
自分だけが知っている…極上の笑顔。

(その後のメイド服の行方も、二人だけが知っている)


「あ、東雲くん!この前、メイドさんした時の青柳くんの写真…ひゃわ?!」
「…おまっ、いつの間にそんなもん、全部見せろください!!」

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