たゆたう泡沫、夕焼け色の風船(彰冬)

「…星が、きれいですね」
小さく呟かれたそれに彰人は不思議そうに振り返った。
「なんだそりゃ」
「…いや…」
口ごもる冬弥はいつも通りで、小さく息を吐き出しながら空を見上げる。
「星なんてまだ出てないだろ」
「…そうだな」
空は夜に差し掛かった橙色をしていて、まだ星は見えなかった。
視線の先に、揺らめく風船。
どうやら通りがかった親子が持っていたらしいそれから反らし、冬弥に向き直った。
「どっちかってと、夕日がきれいですね、ってトコだな」
少し考えて出たそれに、冬弥の綺麗な目が見開かれる。
「…そ、うか」
「ん?」
何かを考えるように下を向いた冬弥に首を傾げた。
あまり感情が出ない彼ではあるが、今回は輪をかけてよく分からない。
「冬弥ー?」
「…俺は、夕日が一番…心地良い」
「?おう」
「…ずっと、隣で見ていられたら、と思うよ」
冬弥がそう微笑む。
何故だか泣きそうに見えたのは…気のせいだったろうか。


「ただいまー」
「あ、お帰り。早かったのねー」
パタパタと画材道具を持って玄関にやって来たのは姉である絵名だ。
「…出かけんのか?」
「…んー、夕日を描いてこようかなって」
「夕日?…なんで」
純粋な疑問をぶつければ、実は、と教えてくれる。
授業で、『月がきれいですね』という、夏目漱石の一文をやったのだという。
教師は、それの類語を探すよう宿題を出した。
いくつか調べる内に『夕日がきれいですね』という言葉に行き着いたのだという。
「へぇ、なんて意味だよ?」
「自分で調べて。早くしないと夕日沈んじゃうでしょ」
彰人のそれに、絵名はそう言って出て行ってしまった。
ケチだな、と思いながらスマホを出す。
「えっと…?月がきれいですね、は愛しています。夕日がきれいですね、は…あなたの気持ちが知りたいです…?!」
思わず落としそうになったスマホを慌ててキャッチした。
そういえばあの時冬弥はなんと言ったのだっけ?
「…あの、やろ…!」
タイミング良く鳴った、LINEの通知音に慌てて開いた。
ニヤケが止まらない。
あの、真面目な彼はこれをどう思って打ったのだろう?
『彰人に似ていると思わないか?』
その一文と綺麗な夕焼けの写真に、返信をタップし、再び玄関を飛び出した。
空には一番星が踊っていて、写メを撮る。


星が、きれいですね、という言葉に込められた…その意味は。
(夕日より真っ赤に染まる彼の耳に、直接囁かないと、と彰人は走った)



『星が何を思ってるかくらい、知ってんだよ!』

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