司との仲を疑って酷くする彰人、の彰冬

冬弥の隣は自分だと思い込んでいた。
だって自分は…相棒、なのだから。

「彰人」
柔らかい声が空気を伝って、耳に届く。
おお、と軽い返事をし、振り向いた先に冬弥がいた。
とたた、と音がつきそうな足取りで駆けて来た彼は「…すまない、待たせた」と僅かに微笑んだ。
「別に待ってねぇよ。行こうぜ」
「…ああ」
手を差し出し、イヤホンを自分の耳に突っ込む。
その手を取り、冬弥も同じ様にイヤホンを耳に刺した。
光に包まれ、次に目を開けたその先は、いつものセカイ。
「…今日は何処で練習する…彰人?」
歩き出そうとする冬弥がこちらを振り向き首を傾げる。
「…。…なあ、その指輪、何?」
彰人が指摘したのは、冬弥が左手に着けていた指輪だ。
…今朝まで、そんなもの着けていなかったのに!
「…!あぁ、これか。…司先輩がな、ショーの練習をするからと付き合っていたんだ。…劇の小道具を持ってきてしまったようだな」
右手でそっと隠しながら冬弥が言う。
その表情は見たことない程軟らかく。
…嗚呼、いつまでたってもあの『司先輩』には敵わないのだな、と思った。
彼の隣は自分だと…そう思っていたのに。
冬弥の笑みを見ることが出来るのは自分だと。
「…?彰人?」
「…ああ、わりぃ。行こうぜ」 
頭を傾ける冬弥に無理やり笑みを作って手を差し出す。
だが、今度は冬弥がそれを取ることはなかった。
「…すまない。先に返してこようと思う」
「…は?」
彼の言葉に思わずぽかんとする。
…今、何と?
「小道具が無ければ先輩も困るだろう。すぐに戻るから先に始めていて…」
「…いつもそうだよな、お前は」
音楽プレイヤーに手を伸ばす冬弥に、思わず呟く。
いつもそうだ。
一緒にやってきたのは自分なのに、何かあれば司を頼る。
彰人と揉めた時だってそうだ。
…自分は、一人で悩んでいたのに。
「…彰人?」
「なぁ、お前は司センパイをどう思ってんの?」
「…。…司先輩は、俺にとって尊敬に値する人だ。辛い事から逃げても良いと言ってくれた。好きだったものを嫌いにならなくて良いと言ってくれた」
だから、と言葉を紡ごうとする冬弥の手を引く。
蹈鞴を踏んだ冬弥が飛び込んでくるからそのまま口を塞いだ。
「んぅ?!ん、んぅう!!」
口付けられた彼は驚きに目を見開き、離れようとする。
だが彰人はそれを許さなかった。
余計に深く口付け、弱いところを擽る。
その途端、カクンっと彼の力が抜けた。
「…ぅあ、は……あき、と…?」
数分、咥内を貪り続け、ようやっと口を離す。
トロンとした顔でこちらを見上げる冬弥から、音楽プレイヤーを取り上げた。
「…んなもんがあるから、お前は遠くに行くんだよな」
「…彰人?何、を」
蕩けた表情が引き攣るから、思わず口角を上げる。
嗚呼、この表情はあのセンパイ、も見たことないだろうなと…思った。
「永遠にこのセカイに縛り付けてやる。…司センパイのトコなんかに行かせてたまるかよ」
「彰人!司先輩はそんな…!」
「るっせぇなぁ!!」
言い募る冬弥を怒鳴りつける。
びく、と彼の体が震えた。
路地裏に引き込んで再び口付ける。
大人しく受け入れる冬弥に…イライラした。
まるで耐えていれば解放して貰えると思っているようで。
「…ふぁ、ぅ…ゃ…っ!!」
「…センパイとこんなことしたいと思った?」
「…おも、って…な…!!」
首を振る冬弥の、綺麗な目から涙が零れ落ちた。
むしゃくしゃして彼の服に手をかける。
滅茶苦茶にしてやりたかった。
彼の躰も、自分の気持ちも…何もかも。
「あき、と…こんなこと、やめ…!!」
「なんで?…センパイが好きだからか?」
「違う、違うんだ…ぅ、ゃ…あ…!!」
綺麗な声が否定を紡ぐ。
左手の指輪がキラリと光った。


セカイの片隅、光の届かない路地裏で二人切り。

『出来るなら痛くしないで』と謳う…
彼の声が響いて消えた。

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