彰人に嫉妬して冬弥をお人形みたいにする類、の類冬

いつもの放課後、いつもの図書室で。
「やあ、冬弥くん」
「…神代先輩」
声を掛ければ、冬弥は驚いたように本から目を離した。
彼が委員会の日に図書室に通うのは既に日課のようなもので、類はにこりと笑う。
「相変わらず真面目だねぇ。こんな遅くまで委員会だろう?」
「…いえ。実はもう委員会の仕事は終わっているんです」
類のそれに冬弥も僅かに微笑んだ。
その様子に、おや、と思う。
「…なら…待ち人かな?」
「…はい」
「…相棒くんだ?」
「…正解、です」
その言葉に冬弥はふわ、と笑みを浮かべた。
余程好きなのだろう…相棒である彰人を。
彰人は、彼にとって居場所をくれた恩人なのだという。
今の冬弥がこうしているのも彼が誘ってくれたからだと。
「…ねぇ、冬弥くん。居場所なら僕も与えてあげられるよ?」
「…先輩?」
「…僕と、来ないかい?」
手を差し出す類に、冬弥は曖昧に笑う。
「…すみません。俺には…俺達には夢があるので」
「…夢、ねぇ」
「はい。彰人は夢に直向きです。俺も、隣で同じ夢を追いかけていたいんです」
困ったように眉を下げる冬弥に笑って手を引っ込めた。
彼はこう見えて強情だ。
そんなことは知っていた。
知っていてなお…欲しくなる。
希望に溢れている彼を。
図書室のお人形さんと呼ばれている彼を。
…お人形さんの割に存外意志がある彼を。
その意志を植え付けたのは彰人だ。
綺麗な彼に希望を見せているのは彰人なのだ。
それが無性に腹が立つ。
何故彰人が冬弥の隣にいることが出来たのだろうか。
もう少し早ければ、彼は『こっち』側だった…はずなのに。
この思いが嫉妬だというのは知っていた。
だから何だというのだろう。
「…じゃあ、代わりに餞別を受け取ってくれるかい?」
引っ込めた手を己のカバンに入れ、ある物を取り出す。
手渡したのは先程買ったばかりの缶コーヒーだ。
「…でも」
「それくらいはさせておくれよ」
「…ありがとう御座います」
僅かに笑みを浮かべた冬弥がそれを受け取る。
カバンにしまおうと逡巡し…カシュ、と小気味良い音を立ててプルタブを開けた。
「おや、悪いね…君も」
「せっかく先輩から頂いたので」
眉を下げたまま冬弥が缶コーヒーを持ち上げる。
小さな口が傾けた缶コーヒーに付けられた。
「…しかし、彼も悪いねぇ」
「…?」
「君の相棒くんさ。君をこんなに待たせている」
首を傾げる冬弥に言えばこくん、とコーヒーを嚥下し、口を開く。
「…今日は、サッカー部の助っ人なんです。それに、俺が勝手に待っているだけなので」
「そう。でも待っている間に何か起こるかもしれないよ」 
くす、と笑う類に冬弥は首を傾げた。
なるほど、彼は随分危機管理能力が乏しいらしい。
「ほら、図書室なんか絶好じゃあないか。襲われたら如何するんだい?」
「俺は男です。そんな、襲われることなんて」
「…分からないよ」
きっぱりと言う冬弥に、目を細めた。
え、と声を出す彼の…華奢な躰がぐらり、と揺れる。
倒れ込む前に抱き止め、類は微笑んだ。
「…ぅ、ぁ…かみ、しろ…せん、ぱ…?」
「…君はいつまで経っても僕を名前で呼ばないね」
辿々しく言葉を紡ぐ小さく笑って眉間を突く。
途端、ふわ、と眠りに堕ちる冬弥を抱き上げた。
落ちたコーヒーは黒いそれを垂れ流し、カーペットにシミを作る。
そうしてそれが冬弥が日を見た最後に…なった。


「…ぅ、あ、や…せん、ぱぃ…類、先輩…!」
冬弥が喘ぐ。
暗い部屋、冬弥は類の…お人形さんになった。
出してくださいと懇願していた冬弥はもういない。
彼は類の人形と化していた。
「僕が愛してあげる。…ねぇ?冬弥くん」
「…は、ぃ…類…先輩…」
冬弥が微笑む。
その笑みは、何処か歪。
素直な彼に口付ける。
言葉は甘い悲鳴に取って代わった。
きっとこれは彼の本心じゃあない。
…それでも良かったのだ。
隣にいるのが彰人ではないと思わせる事が…出来たのだから。

錬金術師は人形を創る。
愛を知らぬ錬金術師が、愛を捧げる為に。

…捧げた『アイ』は…ハイライトを失くした【人形】の瞳に蕩けて堕ちた。

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