ワンドロ/読書の秋(彰冬)

紙の捲る音がやけに響く。
壁に貼ってあるポスターには、『読書の秋、本を読もう!』の文字。
…秋じゃなくても読んでいるくせに、なんて心の中で毒づいた。
図書委員である冬弥が一人カウンターで返ってきたばかりの本を読んでいるのはよくある事象だ。
…そのせいで彰人に気が付かないのも。
(…つまんね) 
小さく息を吐き、委員の仕事ならばもう少しで終わるだろうかと手を伸ばす。
「…冬弥」
彰人の声にハッと冬弥がこちらを見上げた。
本を取り上げて触れるだけのキスを落とす。
やっとこっちを向いた、と笑えば何故だか彼は頬を真っ赤に染めた。
驚いたのは彰人である。
今更キスくらいで赤面するのは思わなかった。
「はっ、いや、お前、なに…」
「…すまない。その…本を」
動揺を隠せない彰人に目を伏せながら冬弥が言う。
さらりとした彼の髪が真っ赤に染まった耳を隠した。
本、とこの期に及んで何を言うのかなんて思いながらそれを見る。
よくある、ティーンズ文庫、と呼ばれるその本は確かに冬弥が読むには珍しいと思えた。
だが彼がここまで赤面する理由にはならないだろう。
「…」
ぱらりと表紙を捲る。
ああ、と思った。
「…これ」
「…。…白石が、な…友だちの代わり、と先程返しに来たんだが…」
はっきりしない口調で冬弥が言う。
曰く、杏が返しに来た際「なんか、冬弥には返し辛いって言うから代わりに返しに来たんだけど…」と言ったものだから、そんなに怖い顔なのだろうかと心配したが、彼女はカラカラ笑って「違う違う、内容がねー!」とそこまで言って部活の助っ人に呼ばれていた、と慌てて行ってしまったのだ。
男子相手には返し辛い内容の本とはどんなものだろうかと気になったのがいけなかった。
開いたそれは柔らかい青春物を装った、ドロドロした愛憎劇で。
流石に学校の図書館にあるだけあって発禁ではなかったが、近いもののような気がする。
活字として読み取ったそれは脳内で鮮明に描き出された。
閉じたいのに頁を捲る手が止まらなくて、どうしようもなくて。
どうしようと思い、思い浮かんだのは…彰人だったのだと。
「…自分でもよく分からない感情にどうすれば良いか分からなかったが…彰人の声がして、それで」
「あー…分かったわかった」
可愛いことを言う冬弥に彰人はホールドアップする。
「んで?冬弥くんはどうされたいんだ?」
ひらりとその本を揺らした。
表紙が見えるように、わざと。
刹那、無言で投げられる図書準備室の鍵を反射で受け取る。
「…お前」
「…片付けてくる」
ふい、と冬弥が彰人から本を取り返しさっさと本棚の奥に消えた。
可愛いやつ、なんて笑いながら鍵を宙に放り投げる。
ちゃり、と音を鳴らすそれは冬弥なりのお誘いなのだろう。
読書のもたまには良いな、なんて大概不謹慎なことを思った。

秋の風が吹く。
冬の音を連れて。

吹かれた風に煽られて捲られたそれは、二人だけの秘密の1ページ。

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