お前に溺れるティータイム(彰冬)

自律感覚絶頂反応って知ってるか?

そう問いかけると、その相手、冬弥はきょとんとした。 
「確か…ASMR、だったか。聴覚や視覚への刺激によって感じる、心地良い、脳がゾワゾワするといった反応・感覚のこと、だろう?」
「お、流石だな」
ふわりと髪を揺らして首を傾げる冬弥に彰人は笑う。
なんだって急に、という顔をするから、バイトの仲間がそんな動画を見ていて気になったんだ、と、簡単に説明してやった。
「…それと、このカラオケでのお菓子パーティが、何か関係が…?」
まだ納得しきれていない冬弥から出てきた似つかわしくないそれに思わず吹き出す。
まさかお菓子パーティが出てくるとは思わなかった。
確かに、彰人が好きなチーズケーキや冬弥が好きなクッキーと珈琲、更に炭酸飲料まで用意していればそうもなるか、と思いつつ、その手を引く。
「…っ、彰人?」
灰青の瞳が見開かれた。
バランスを崩した冬弥を抱き止め、そのままソファに座る。
冬弥の、形の良い耳をすり、と触り、低く囁いた。
びく、と跳ねる躰に小さく笑う。
「…やってみねぇ?」


ちゃく、とわざと音が鳴るようにチーズケーキを口に運ぶ。
爽やかな酸味と程よい甘みが口に広がった。
美味い、と思うが今日の目的はそこではない。
「…どうだ?」
膝の上にいる冬弥に声をかけると、びく、と震えた。
「…ん…!…変、な…気分に、なる」
耳を赤く染め、小さな声で言う冬弥。
やはり、耳が良いと敏感になるものなのだろうかとぼんやり思った。
「…な、あ…!この、体勢は…やめないか…?」
「なんで?」
「なんで、って…」
態とらしく聞いてやれば冬弥は困った顔をする。
隣に座ればいいじゃないかとかそういう言葉はついぞ出てこないから「理由がねぇならべつにいいだろ」と押し切った。
冬弥の言いたいことなんか分かっている。
分かっていて敢えて教えてやりたかった。
彼の、この顔が見たいから。
…こういうところが、最近知り合ったばかりの小さなバーチャル・シンガーにまで「彰人ってさ、たまに悪い顔するよね」と言われる所以だろうか。
「んじゃ、次は冬弥な」
「…俺、も?」
「当たり前だろ」
熱い息を吐き出す冬弥の小さな口に、手を伸ばして取ったクッキーを入れてやる。
断れば済むのに存外律儀な彼はサク、と小気味良い音を立ててクッキーを噛んだ。
サクサクと噛み砕かれる音が耳元で聴こえる。
こくん、と飲み込むそれは確かにエロいな、とは思うがそれは食べている冬弥に関して思うだけで特にゾクゾクとした感覚は得られなかった。
「…どうだ?」
「…んー、オレは特に何も感じねぇな。お前がエロいとは思うけど…あ、飲み物ならなんか変わる…冬弥?」
彰人が喋っている途中で、限界、というように冬弥が肩に顔を埋めてくる。
驚いていれば、小さな声で冬弥が「…俺もだ」と言った。
「…は?」
「…。…誰かが食べている音、なんて不快でしかなかった。こんなに、頭がボーッとして、ここ、が…疼くのは…彰人、だから」
己の腹を押さえながら普段よりも小さな声で告白する冬弥に目を見開く。
そういうトコ!と思いながら彼の肩を掴んで顔を起こした。
「…煽ってんじゃねぇよ」
「…そんなつもり、は…」
「それが煽ってんだっつー…。…なあ、キスしていいか?」
「…普段は聞かないくせに…んっ」
少しばかり不満そうな冬弥にうるさいとばかりに耳と口を塞ぐ。
おず、と回された手は同じように彰人の耳を塞いできて。
互いを貪る水音が脳内に響く。
周りの騒がしい音は遮断され、溺れるように二人きり。

なるほど、これは確かにゾクゾクすると、思った。

(綺麗な彼が溺れていく、この感覚は


自律感覚絶頂反応とはまた違った扉を開ける、音)

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