ワンドロ隔週/ホットケーキ・コーヒー

「…彰人。すまないが今日の練習には参加できない」
「おお。わかっ…は?」
唐突に告げられるそれに了解しそうになり思わず固まった。
「…?今日の練習、そんなに大切だったか?」
「いや、まあ、いつものだけどよ。…委員会でもないのに、珍しいな」
首を傾げる冬弥に素直に言えば、ああ、と小さく微笑む。
「文化祭があるだろう、再来週に」
「あー、あるな、そういや」
冬弥が話題に出したそれを思い出し、彰人は頷いた。
たしか自分のクラスはストラックアウトだったか、とそこまで熱心ではなかったクラスの出し物を思い返す。
「んで?それがどうかしたのか」
「うちのクラスは喫茶店をやるんだが、ホールよりはキッチンの方が良いかと。ただ、料理自体も得意ではないから、練習をしたいと思ってな。家庭科室が今日なら空いていると…彰人?」
そこまで話していた冬弥が小首を傾げた。
スマホをタップし始めた彰人が気になったらしい。
さっさと文章を打ち、冬弥に笑みを向けた。
悪い顔、と言われる…それで。
「今日の練習、遅らせた」
「…え」
「オレにも練習、付き合わせてくれよ」


コーヒーを買って家庭科室に戻る。
最初はどうなるかと思ったが存外器用だった冬弥に…まあホットケーキを作るのに心配するところなんて卵を割る事くらいだし…少しだけ安堵して彼が好きなそれを買いに出たのだった。
流石に、高校の文化祭にそこまで難しいレパートリーに挑戦はしないかとホッとする。
彼が出してきたメニューはホットケーキとサンドイッチ、そしてカレーだった。
一通り練習したかったようだが一回、授業が終わってから練習までの僅かな時間では流石に無理だろうとまずはホットケーキから作ることになったのである。
「おい、冬弥ぁ…うわ」
「…すまん」
がら、と扉を開けた瞬間、飛び込んできたそれに思わず声を上げた。
しゅんとする冬弥が持つそれは…若干焦げたホットケーキ。
「…一番マシなのがこれなんだ」
「…逆にすげぇな」
その後ろに、ひっくり返すのに失敗したらしいホットケーキが鎮座しているのを見、小さく笑う。
器用に見えて存外不器用な冬弥が可愛いな、と思った。
「?!彰人?!」
「味はフツーだな。うん、食える」
「それは…変わったものは入れていないし…。…失敗作ではなく、こちらを食べれば良いだろう」
驚く冬弥を尻目に失敗したらしいホットケーキを咀嚼すれば困った顔をして彼が言う。
「成功したやつはアイツらに持って行ってやろうぜ。練習遅らせた詫び」
「…そう、だな」
「ま、オレはこれも美味いと思うけどな」
頷いた冬弥にニッと笑った。
案の定不思議そうな顔をする彼に彰人はフォークを振る。
「冬弥の愛が入ってる、だろ?」
「…彰人」
驚いたように目を見開いた冬弥がふわ、と表情を緩ませた。
「…なら、このコーヒーは彰人の愛、だな」
ただの缶コーヒーを持って愛おしそうに微笑む彼に目を奪われる。
こういうのも良いなぁ、なんて、消えた語彙力でそれだけを思った。

放課後、夕日が射す家庭科室で二人切り。

甘い、あまい香りが吹いた風と共に広がって消えた。

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