モブに襲われた冬弥♀を助ける攻め男子

暗い音楽準備室。
ピアノカバーの上に寝かされている、図書室のお人形さん…こと、青柳冬弥。
端的に言おう。
彼女は、拉致された、のであった。
誰に?
…冬弥を見下ろして笑むこの男に。
ずっと前から好きだった。
初めて見たのはピアノのコンクールでのこと。
綺麗な表情で、美しい指を滑らせる彼女を…欲しい、と思った。
いわゆる初恋、というやつで。
それから随分と経ってしまった。
いつの間にかクラシック界からは彼女の姿は消えていて、実しやかに、青柳冬弥はストリートミュージックをやっている、と囁かれている程の時間が。
だから、用務員として雇われたこの高校で青柳冬弥に出会ったのはまさに運命だったのである。
声をかけ、不思議そうに振り向いた彼女を薬で眠らせ、拉致した。
無抵抗の冬弥を連れ込むなんて簡単で、眠っている間に彼女のネクタイで手首を縛る。
「…ぅ……」
「…やぁ、おはよう。…青柳冬弥さん」
小さく声を上げ、目を開いた彼女ににこりと笑みを浮かべた。
「…。…誰、ですか…?」
「君のファンだと言っておくよ。クラシックをやっていた、君のね」
そう告げると冬弥は嫌そうな顔をする。
「…父さんから何かを言われてこんな事をしたのなら、無駄だ。私は、彰人たちとの夢を諦めない」
少し睨む彼女にくすくすと笑ってみせた。
何を勘違いしているんだろう!
「ボクは君のファンだと言ったろう?お父さんなんて知らないよ」
「…え?」
「…可愛いねぇ、冬弥さん」
ぽかんとする彼女の頬にするりと手を寄せた。
「…っ!ゃっ、さわ…っ!」
「ボクはねぇ、綺麗なものをめちゃくちゃにするのが大好きなんだ。…そう、君のようにさぁ…!」
「…ひっ、や、だ…っ!…た、すけ…!!」
寄せた手をシャツにかけ、引き裂く。
見える彼女の肌と、着痩せするタイプなのだろう、表れた豊満な胸に口角を上げた。

…その直後。

「…いー加減にしろよ、てめぇえ!!!」
聞こえてきたのは怒りの声だった。
鍵をかけておいたはずのそれが無理やり抉じ開けられ、怒りに身を震わせたオレンジ髪の男がこちらを睨みつけている。
「…あき、と」
震える彼女が名を呼ぶ。
確か彼は今の音楽に引きずり込んだ張本人。
そう思ったのもつかの間だった。
痛みより先に衝撃が襲う。
思い切り頬を殴られたのだと気づいたのは数秒経ってからで。
「冬弥くん!大丈夫かい?」
「…神代、先輩」
「うんうん。よく頑張ったね」
視界の端では紫髪の男が冬弥を縛っていたネクタイを外し、髪を撫でている。
神高の変人ツートップの片割れだったか。
そうしてもう片方はといえば。
「…オレの冬弥に何をした?何を言った?答えろ。さぁ、答えてみろ」
綺麗な金髪を揺らし、無表情で殴りかかってくる。
「…おい!」
「…司くん。その辺にしておいたほうが良い。…冬弥くんが怯えているよ?」
彰人、と呼ばれた男に声をかけられても止めなかった彼が紫髪の声を聞き、ぴたりと止まった。
「ふふ、後は僕らに任せて」
「…類」
「司センパイはオレが行くまで冬弥を頼みます。…んなトコ、見せたくねーし」
「…。すまん、らしくなかったな」
はぁ、と息を吐いて司と呼ばれた金髪の男は紫髪の男…類、といったか…と交代する。
「遅くなってすまない。オレが来たからにはもう大丈夫だ」
「…司、先輩」
安堵からか涙を零す彼女に、上着をかけ抱きしめた。
それを合図にしたかのように彰人と類がこちらに向く。
感情剥き出しで睨む彰人も恐ろしいがこの状況で笑みを浮かべる類も恐ろしかった。
「冬弥拉致っといて最初の一発で我慢できると…?…ざっけんな」
「制裁はきっちりと受けてもらうよ?…僕は華を傷付ける奴は許せないんだ」
彰人と類が言う。
こうして男の計画は終わりを告げた。


「…わり、遅くなった」
「…彰人…」
すっかり衣服の乱れを直された彼女を、彰人は抱きしめる。
「…すまない。私が…」
「冬弥のせいじゃないだろ」
「そうだぞ?こんな不審者をのさばらせていた教師たちに問題があるのだからな!」
「何かあったらすぐに駆けつけるから安心してくれ、冬弥くん」
「…はい」
司と類も冬弥の頭を撫で、ようやっと小さく微笑んだ。
「…しかし、まさか昔の音楽関係者が用務員とはね。調査不足じゃないかい?」
「まったくだ。…全部始末したと思っていたんだがなぁ…」
「だぁから司センパイは爪が甘いんスよ。オレみたいに片っ端から潰しときゃこんなことには」
可憐な彼女を囲んで繰り広げられる物騒な会話に、男は警察を待ちながら思い知る。
冬弥に付け入る隙など…僅か程もなかったのだと。


(ねぇ、知ってる?

図書室のお人形さんには王子、騎士、錬金術師っていうボディーガードがいるんだって!)

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