司冬ワンライ・夏祭り/浴衣

風車を片手に誰かの呼ぶ声がする。
それに答えようとして…目が覚めた。


「…夏祭り?」
司のそれに、目の前にいた冬弥がこくりと頷いた。
「この前、初めて彰人と行ったんです。実際は夏祭りの特設ステージに歌いに行ったのですが、その帰りに少し」
「ほう、それは良かったな!楽しかったか?」
「はい。輪投げの景品が見たこともないものばかりで…」
頷いた冬弥はその時のことを思い出しているのか、表情が緩んでいる。
楽しそうな冬弥を見るのは司も嬉しかった。
「…ですので、司先輩と一緒に行けるともっと楽しいと思ったのですが…」
しばらく冬弥の思い出話を聞いていた司は、その言葉に、ん?と首を傾げる。
そうして。
「…それは…デートの誘いと取っても…良いのか?」
冬弥に近づき、彼の耳元にそっと囁く。
ほんの少し頬を染めた冬弥がこくりと頷いた。



少し困った顔の冬弥が、あの、と声を出す。
「どうした?冬弥」
「…えっと、何故ショッピングモールに…」
首を傾げる冬弥に、司は何を言う!とビシリと指を差した。
「冬弥からのデートの誘いだぞ?!正装で行かなければ失礼というものだろう!」
「…正装、ですか?」
色々言いたいことはあったろうがそれを飲み込んだような顔をした彼がそれだけを聞いてくる。
「ああ、夏祭りの正装といえば浴衣だろう?」
「…浴衣…」
「そうだ!今まで行ったことがなかったのならば浴衣は着たことがないだろう?先日はステージメインだというし」
「…そう、ですね。浴衣は今まで一度も…」
司の言葉に冬弥が俯きかけ、それをさせまいとニッと笑いかけた。
「ならば話は早い!実は浴衣をレンタル出来るショップがオープンしたらしくてな。買うと高いがレンタルなら気軽に出来るだろう?」
「…汚すと思うとそれはそれで緊張しそうですが…」
「慣れない服は緊張するものだ。…おっ、ここだな」
くすくす笑う冬弥にそう言い、司は店に入る。
中には色とりどりの浴衣が並んでいた。
女子のものとは違い、男性のものは数こそ少なかったが、色味や模様が違うものがいくつも見受けられる。
「…風車」
「え?」
ふと、一着の浴衣に目が止まった。
決して派手ではない藍鼠色と、裾の方に散られた芥子色の風車が目を引く浴衣。
まるで夢に出てきた風車のようで司はふっと笑う。
冬弥に似合うだろうな、と…思った。
「…いや。この浴衣を着た冬弥と、祭りに行きたい、と…思っただけだ」
笑う司に、冬弥は目を見開く。
そうして。
「…では、その想い、叶えますね」
浴衣を手に取り、冬弥が優しく微笑む。
まだ昼間なのに、花火が挙がる音が…聞こえた、気がした。


司が選んだ浴衣を着た冬弥と、冬弥が選んだ浴衣を着た司との夏祭りデートまで、あと数日の話である。

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