司冬ワンライ/ダーリン・おねだり

スーパーに買い物をしに来ていた司は、しまった、と思う。
今日は冬弥が家に来てくれる日だ。
買い物はすぐだが、もし早めに来たらいけないな、と司は妹の咲希に電話をすることにした。
「…む、出んなぁ…」
スマホにかけたが咲希は一向に出ない。
カバンにでも入れっぱなしにしているのだろうか。
一旦電話を切り、司は家の番号をタップする。
数回のコールの後、カチャと通話になった。
『…もしもし、天馬です』
「…おー、咲…ん??」
喋りだそうとしたが、ふと違和感を感じてやめる。
声の主は明らかに男性だったからだ。
『…あ、司先輩ですか?』
「…その声は…冬弥か?!」
『…はい。すみません、今咲希さんはクッキーを作ってくださっていて…手が離せないから変わりに出て、と』
「ああ、なるほど、そういう事か」
冬弥のそれに司は笑う。
どうやら咲希はきちんと冬弥を家の中に招き入れてくれたらしい。
良かった、と安堵した司の耳に、『…とーやくん、誰だったぁ?』という声が入った。
『…司先輩です、代わりますか?』
『…うーうん!あ、チョコチップ買ってきてって伝えてほしいな!』
『…分かりました。…だ、そうです』
「了解した」
ほぼ全部聞こえていたそれに司は笑いながら製菓コーナーに向かう。
「冬弥は何か欲しいものはあるか?」
『俺、ですか?…いえ、特に何も』
冬弥の声は柔らかく耳に心地良い。
思わず笑みを浮かべつつ司はスマホを持ち替えた。
『…強いて言うなら…そうですね』
ふと聞こえる冬弥の声は、どこか、照れたようなそれで。
『…早く、帰って来て頂けると…嬉しいです』
耳にダイレクトに聞こえる、彼から漏れるおねだり。
一瞬ぽかんとしたが、慌てて「当たり前だ!」と強く言う。
だって、まさか、普段我儘も言わない冬弥からの言葉がこんな所で聞けるだなんて。
「今すぐ!今すぐ帰るからな!」
『…はい』
甘い声に、司はいつかアメリカで見た映画のそれを思い出す。
柄ではないが…たまには良いだろうか。
「良い子で待っていろよ?ハニー」
少し声のトーンを下げて言えば、息を呑む音が聞こえた。
…そうして。
『…さあ、それはどうでしょう』
「ん?え?冬弥??」
『…早く帰って来て下さらないと美味しいクッキーに浮気をしてしまうかもしれないです、ね』
…ダーリン、と切れる直前に聞こえた声は司の耳に甘く残っていて。
思わずズルズルとしゃがみ込む。
周りの人がぎょっとする程大きな溜め息が出た。
スマホからは、ツーツーという音だけが聞こえていて。
「…いつの間にこんな殺し文句を覚えたんだ…」
しばらく頭を抱えていたが、司は勢い良く立ち上がる。
可愛い可愛い恋人が待つ家に、はやく帰らなければ。


(何たって美味しいクッキーと可愛いハニーが待っている!)



「とーやくん、お兄ちゃんなんだって…どうかしたの?」
「…いえ、何でもないです…」

name
email
url
comment