司冬ワンライ/あわてんぼうプレゼンター・誕生日

さて、咲希の誕生日が終わったその日のことだ。
司はもう次の準備に取り掛かっていた。
その準備とは、何の事はない、冬弥の誕生日である。
「やはり冬弥が喜ぶことをしたいが…さて何が良いだろうか…」
ふむ、と考え込み、天井を見上げた。
冬弥なら何をしても喜びそうだが、やはりここは未来のスター、最高の笑顔を引き出したいと思うのは当然だろう。
「お兄ちゃーん、お風呂空いた…どうしたの?」
「…おお、咲希。実は、冬弥の誕生日プレゼントは何が良いかと思ってなぁ…」
首を傾げる妹にそう言えば目をぱちくりとさせた。
「とーやくん?え、でも、とーやくんの誕生日って25日じゃなかった?」
「?そうだが?」
「アタシの誕生日終わったばっかりだよ??お兄ちゃんの誕生日もまだなのに…」
「む、そうか?咲希だって、一歌や穂波、志歩の誕生日プレゼントは早々に用意していただろう?」
咲希の疑問に返してやれば、そっか!と彼女も納得したらしい。
「そっか!…じゃあお風呂でゆっくり考えるのはどうかな?」
「おお!それは良いな!」
「でしょ!あ、でも逆上せないでね?」
「ああ、分かった!」
手を振る咲希に司は明るく言う。
素敵なプレゼントが思い付くと信じて。


結論から言えば、逆上せそうになった。
しかも、これだ!というものは思い付かず、仕方がないので司はピアノの前に座り、弾きながら考えることにしたのである。
トルペのショーをしてから、以前よりもピアノの前に座る事が多くなった。
そういえば、冬弥も発表会に来てくれた時は喜んでいたっけか。
ピアノやバイオリンから離れ、弾くことは今は出来ないようだが、聴く分には楽しく聴けるようになったらしい。
良かったと思う。
…司との思い出まで辛くなっては、こちらも悲しいから。
と、ふと見上げれば咲希が誰かに電話しながらこちらを見ていた。
演奏を止めるとふわふわ笑った彼女が「電話、とーやくんだよ!」と言う。
「冬弥から?」
「ふふ、愛し愛され似た者同士って感じだよね!はい!」
階段を駆け下りて来た彼女は、スマホを手渡してからまた階段を上がり、自室に入っていく。
「もしもし?冬弥か?」
『…!司先輩、その…こんばんは』
「ああ。どうかしたのか?」
『いえ。その…』
少し口篭る冬弥に、何となく察しが付いて司は笑った。
愛し愛され似た者同士とはそういう事か、と。
「…いや、良い。その返事は後日聞くとしよう。今日は月が綺麗な夜だからな。どうだろう、オレの演奏を聴いていかないか?」
『…!…是非、お願いします』
電話の向こう、冬弥の声が甘くなる。


月が綺麗な夜、あわてんぼうなプレゼンターが彼に捧げる曲は「JE TE VEUX」。


彼の誕生日は、油断していればすぐそこ、だ。

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