ワンドロ・嘘/溺愛

それは、あるエイプリルフールの日の話。

「あ、ねぇねぇ冬弥くん!ボクさ、高校卒業したら弟くんのお姉さんと結婚するんだぁ!」
教室の窓から見える人物に、やっほー!と手を振り、瑞希はそう言った。
声をかけられた彼、冬弥は首を傾げてみせる。
教室には数人残っていたが誰も瑞希の言葉に驚かなかったのはそれが嘘だと分かっているからだ。
何と言っても今日はエイプリルフール。
そんな分かりやすい嘘に引っ掛かる人もいまい。
「…弟くん…彰人のことか」
「うん、そーだよ!」
「…それは、良かったな。おめでとう」
ふわり、と冬弥が笑みを向けてきた。
それに、え、と固まったのは瑞希の方だ。
まさかこんな分かりやすい嘘に引っかかる人が本当にいただなんて。
慌てて嘘だと言いかけた瑞希の前から冬弥が消える。
「…嘘だぞ、それ」
「…彰人」
ぐっと引き寄せられ、冬弥を己の腕の中に収めつつ、あっさりネタバラシしたのは彰人だ。
「…。…嘘、なのか?」
「そーだよ?冬弥くん、すぐ信じちゃうんだからさぁ」
首を傾げてみせる冬弥に笑い、瑞希はそう言った。
それから後ろで冬弥を抱きしめる彰人にブスくれた顔を作ってみせる。
「もー!嘘吐いてバラすまでがエイプリルフールじゃん!!」
文句を言うが、彰人はどこ吹く風で。
「冬弥に、んな嘘吐くんじゃねぇよ」
「いーじゃんー!誰も傷ついたりしない嘘なのにー!」
「そういう問題じゃねぇ。…冬弥に嘘とか聞かせるなっつってんの」
べ、と舌を出し、行くぞ、と彰人は冬弥の手を引く。
まるで純粋な子どもを嘘から護るように。
「何あれー。彼氏マウント?愛されてるなぁ、冬弥くん」
「愛されてるっていうか…もうあれはさ」
しっし、と追い返され不貞腐れながら教室に戻ってきた瑞希に、帰り支度を済ませた杏が笑う。
その答えに瑞希も納得の表情を浮かべたのだった。


嘘から冬弥を護る程に、彰人は

「相棒への溺愛が過ぎる、ってやつだよ」

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