或る詩謡い人形の記録〜4〜

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国境間の争いは中々冷戦を窮めているようであった。
お互いがお互い相手が攻撃してくるのを待っている状態なのだろう。
攻撃されないのはいいがそれでは埒が明かない。
「・・・分かりました」
自国の大将から報告を受けたイスファルは凛とした声で一言そう告げた。
「私が、行きます」
「・・・そうか」
その選択肢しか残していないくせに。
イスファルは頭の隅でそう思いながら立ち上がり、この紛争のために急遽設置されたというテントを出る。
「・・・おい、雪菫!!!」
呼び止めたのはまだ若い青年兵だった。
入ったばかりだろうか、軍服も何所か着慣れていない様子にイスファルは表情を和らげる。
青年の方も呼び止めたはいいがどう声をかけたら良いのか判らない様で、どこか戸惑った顔だ。
「・・・あんたがそんな・・・」
「・・・汚れ役は、なれておりますから」
青年の言葉を遮る。
どこか泣きそうな表情でイスファルは微笑んで見せた。





或る詩謡い人形の記録〜4〜





雪山の天候は変わりやすい。
先程まで晴れていた筈の国境付近は吹雪だった。
敵国とのこの冷戦状態も一つは吹雪が関係しているともいえる。
「おい、何かあったら知らせろ」
「yes,sir」
少し仮眠を取るか、と一緒に見張っている兵にそう告げて男は臨時テントに戻った。
早いうちに片が着くと思っていただけにこの有様は己に呆れてしまう。
結果次第で自分の身も危ないかもしれない・・・などと考えていた、その時。
「・・・あ、あの・・・」
「・・・っ?!誰だっ!!」
「・・・すっ、すみませんっ!!・・・道に迷ってしまったのですけど・・・」
銃を向けた先に居たのはどこかおどおどとした少女だった。
くせの強い黒髪、吹雪の後の空のような色の瞳、黒くふわりとしたフレアスカートのワンピースを纏い、小さなカバンを持った少女は今にも泣きそうである。
普通は侵入者は殺すか本部に突き出すかをしなければならないが男はそれを躊躇った。
こんな少女が何かをするとは思えない・・・という建前、無論本音は己の欲望、ただそれだけである。
「あの、・・・少し此処にいさせてもらえませんか?」
「・・・此処がどこだか、分かっているのか?」
「・・・は、い・・・」
少女が俯いた。
「・・・なんでも、します」
小さな声で言う少女にニッと笑う。
戦場において中々『女』はいない。
まして此処は雪山だった。
こんな上玉の『女』は久しぶりである。
「・・・何をすれば良いか、分かってるんだろう?お嬢さん」
男は笑う。
少女の身体を引き寄せて。
・・・彼は欲望に駆られていた。
だから気付かなかったのだ。
震える可愛らしい少女が、大凡その場の雰囲気に似合わぬ笑みを浮かべた事に。

・・・自分の命が、此処で終わってしまう事に。

ダンッという銃の音が続けて響き渡った。
「何事だ!!!!」
テントに兵が集まってくる。
空に向かって撃ち上げた銃を投げ捨て、愛剣に紅い血を纏わせて綺麗な笑みを浮かべていたのは、雪菫その人だった。
「その容姿、風貌・・・まさか、貴様!!」
「・・・無名の知将、雪菫・・・?!!」
「きっさま・・・いつのまに!!!!」
「大将の首は頂いた・・・後は貴様らを倒すのみ」
たんっと軽い音を立てて少女が驚きに目を見張る敵に向かって駆ける。
目にも止まらぬ剣捌きを見せてイスファルが笑った。
あの銃の音を引き金にして自国の軍も攻撃を開始したらしい。
「我が国に勝利を!!!」
剣を突き上げる可憐な少女。
敵陣、雪の中を舞う彼女は、『雪菫』と呼ばれるに相応しかった。









勝利を収め帰還したイスファルを待っていたのは民衆からの歓喜の声だった。
それ以外には何もない。
・・・王の、迎えも。
「・・・?」
公務が立て込んでいるのだろうか?
それにしては何も言ってこない、と思いつつ報告の為に王室へと訪れた時だった。
「イスファル・・・様」
おどおどと声をかけたのは王御付きの侍女である。
イスファルの事を名前で呼ぶのは王と、この彼女だけだ。
「どうかした?」
「・・・王様が・・・」
「・・・?王様がどうかなさったのか?」
「ええ・・・その」
部屋の中をそっと覗いた侍女は小さく溜め息を吐き、驚くべきことを告げた。
「・・・恋煩いなのです」
「へ?」
「ですから。・・・レイナス王は今恋煩いなのですわ」
「・・・こっ、恋煩いぃ?!」
侍女の言葉にイスファルらしからぬすっとんきょうな声を上げる。
「イスファル様!」
「・・・え、ああ・・・すまない。・・・で、そのお相手は・・・」
慌てた侍女の声にイスファルも落ち着きを取り戻し、小さな声で聞いた。
その問いに侍女は心底困った表情をしてみせる。
「・・・それが」
窓から見える高い塔を見上げて彼女は名を告げた。
「あの、歌姫様です」

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