或る詩謡い人形の記録〜5〜

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手短に王に報告を済ませ、イスファルは歌姫が居るという塔へと向かった。
報告の際も何所か上の空だった王にイスファルは内心で溜め息を吐く。
恋をした事もないのだから夢中になるのはイスファルでも分かった。
しかし、それに溺れてどうするのだ、と思う。
そういうことに興味がないといっていた王からすればこれは非常事態に近い珍しい事ではあるが。
「・・・跡継ぎの心配をしなくていいから、まあいいんだけど・・・」
以前より言われていた問題とは別に浮上したそれに、イスファルは一人ごちる。
暗雲漂う未来が見えた気がして、イスファルは再び溜め息を吐いた。





或る詩謡い人形の記録〜5〜





「・・・失礼します」
塔の一番上の階、小さな部屋に彼女は居た。
質素な部屋に、まるで監獄塔の様だな、と思う。
尤も、それに近いようなものはあるだろうが。
「・・・歌姫様でいらっしゃいますね?」
「貴女が、雪菫?」
問いには答えず、クリーム色の髪をふわりと揺らして彼女が笑う。
「・・・いかにも、私は雪菫と呼ばれております」
「会うのは2度目かしら」
「・・・?いえ・・・」
「ふふっ、まあいいわ。ねぇ、王様はどんなご様子なの?」
椅子を勧めながら彼女が無邪気に聞いた。
それに会釈をして腰掛けながら当たり障りのない答えを返す。
「貴女様の事を気にかけていらっしゃるようでした」
「・・・そう・・・。王様が・・・」
途端に歌姫が辛そうな表情をした。
国民から慕われる王の一心の寵愛に、何か不満な点でもあるのだろうか?とイスファルは訝しむ。
「・・・?あの・・・」
「・・・気にしないで。・・・王様にも・・・私の事は気に病む事はないからって伝えてほしいの」
ふわりと歌姫が笑った。
「そんな。・・・王との身分の差を心配されて?」
「まさか。違うわ」
「では、何故・・・」
「ああ、私の事聞いていない?」
狼狽するイスファルに少女が笑う。
・・・告げられた一言は、衝撃に値するものだった。
「私、余命が少ないのよ」
「・・・え・・・?」
「どんな医者でも治せない・・・ううん、『なおせる訳がない』の」
少女は笑う。
・・・辛そうな、作った笑顔で。
「だから、王様の傍にいることは出来ないわ。・・・どうやったって同じ事」
その横顔は何かを秘めているように見えた。
「でも王様はどうにかして私の命を救おうとなさるでしょうね。きっと、どんな手を使ってでも。・・・あの方はそういう人じゃないかしら」
「・・・」
イスファルは無言で立ち上がる。
歌姫の言うことは的を得ていた。
王はこの歌姫を救おうとする。
国中の医者をかき集めて・・・例え誰かに止められようともやめないだろう・・・絶対に。
出て行く寸前、イスファルは振り返った。
「・・・一つだけ、お尋ねしても?」
「どうぞ」
「何故・・・このような場所に居られるのですか」
イスファルの目をまっすぐに見返して歌姫は笑う。
・・・何かを示唆するような、笑顔で。
「街が・・・大好きな街が一望出来るからよ」



・・・あれから数ヶ月の月日が流れた。
あの日、歌姫の言った事は当たっていた。
王は不治の病を患う歌姫を救おうと延命の術を探し出すのに躍起になり始めたのである。
毎日数百の医者や薬売りが城を訪れた。
しかし歌姫の病を救うことも、その病名が何であるかさえ分からなかったのである。
次第に、村人が医者を匿い始めた。
レイナスは娘を救えなかった医者を全て死刑に処したからだ。
村の医者を殺されては敵わないとする人々がその選択を選ぶのも止むを得ない。
王は、そんな人々を弾圧した。
医者を匿う村ごと滅ぼしにかかったのである。
レイナスが殲滅した町や村は十数にも及んだ。
平和な国はものの見事に存在を消したのである。
「・・・そんな事をして何になるのです」
ある国の制圧を担当し、その報告をしていたイスファルが堪えかねたように王に訴えた。
「煩いよ、雪菫」
「レイナス、歌姫様はそんな事・・・っ!!」
「・・・煩いって言うのが聞こえなかったかい?雪菫」
「・・・っ!」
イスファルを見る冷たい目。
彼女はぞっとしてへたりと座り込んだ。
優しい王は、もういない。
それでも・・・ああ、それでも彼女はレイナスが好きだった。
王が歌姫を救うというのなら、例えそれがどんなやり方だとしても、イスファルはそれについていくしか方法がなかったのである。





・・・そんな、ある日の事。

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