或る詩謡い人形の記録〜6〜

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客間に居たのは王の客人であるクローズクローズ氏の妻とその子供達であった。
夫のゼクス・クローズクローズは科学者で妻のレイラ・クローズクローズは強大な魔道師という才能溢れる夫婦である。
二人とも王宮勤めだがイスファル自身も最近戦線に出ていることが多く会う機会は少なかった。
「お久しぶりです、レイラさん」
「・・・おお、雪菫か」
「・・・止めてください、その呼び方」
むぅ、と拗ねて見せるとレイラは赤い髪を揺らして「すまん」と笑う。
彼女の腕には二人の子どもが抱かれていた。
「・・・お子さん、可愛いですね」
「・・・ああ。双子でな。こっちが娘でこっちが息子だ」
二人の、白に程近い銀の髪と息子の瞳の色は父親似だろうか。
きゃっきゃと笑う娘の瞳は紅く、母親に似ているのだということが伺われた。
「何ヶ月ですか?」
「もう7ヶ月になるよ」
「そうですか」
早いですね、とイスファルは笑う。
「お前とも会ってもう2年になるな」
「・・・はい」
レイラの言葉にイスファルも頷いた。
2年前、殺されかけたイスファルを助けたのがレイラだったのである。
戦場でレイラと出会い、言葉を貰ってイスファルは変わったのだ。
「・・・お前の、王への忠誠心は噂に聞いている」
「・・・」
「忠誠は過ぎると自分のエゴになる。ほどほどにな」
「・・・。・・・は、い・・・」
レイラの言葉にぼんやりと頷く。
そう言われてもイスファルの忠誠心は揺らぐことはなかった。
それが自分に出来ることだと信じきっていたから。
・・・その、忠誠心と言うレイナスへの愛が未来の歯車を狂わせていることに、イスファルは気付けなかった。





或る詩謡い人形の記録〜6〜






「・・・今、なんと・・・?」
レイラが夫と足早に王宮を去った後、王室に呼ばれたイスファルを待ち受けていたのは信じられない命令だった。
「何度も言わせるなよ」
冷たい目でレイナスが睨む。
「・・・夫婦を、殺せ」
「・・・、な、ぜ・・・ですか・・・」
「ゼクスは俺の命令を拒んだ。王命に従わないものは死罪が当然だと思わないか?」
そう言って嗤うレイナスは残忍な目をしていた。
「奴は武器を作ることを拒否したんだよ!俺にたてつく奴は要らない、そうだろう?」
「・・・レイナス、王」
イスファルの悲しい声が響く。
レイナスはもう優しい王の風貌すらなくしていた。
血に酔い狂った王は数年の間に酷く歪んでいたのである。
「お前は俺を裏切ったりしないだろ?雪菫」
「・・・勿論・・・王の、仰せのままに」
王の言葉に、イスファルはただ跪いて頷くしかなかった。
大きな鏡に映る少女が涙を流したことに・・・娘に心を奪われた王は知る由もなかったのである。




暗い森の中、ゆらりと松明が揺れた。
数人の兵が夫婦の家へと押しかけたが既にそこはもぬけの殻だったのである。
思わずホッとした自分を、イスファルは恥じた。
これから殺そうとしているのに・・・この感情は王への反抗心と同じだ、と。
段々暗闇にも目が慣れ、イスファルは松明を消す。
小さな明かりでも、命取りになるのだ。
現に多くの兵士が命を落としている。
彼らの強さを見せ付けられている、と思った。
ガサリと音がする。
剣を抜き、そちらへと刃先を向けた。
音がしたほうを睨み、イスファルは駆け出す。
視界にちらりと映る白と赤の服・・・夫婦だ。
走るスピードを速める。
ゼクスは罪人、一緒になって逃げたレイラも同罪だ。
だから自分には殺す義務がある・・・そう己のしていることに正当に論理付ける。
そうでもしなければ狂ってしまいそうだった。
「・・・そこまでです」
「・・・っ!」
開けた場所に出た後、イスファルは家族に向かって剣を突きつける。
「クローズクローズ氏、及びクローズクローズ夫人。王命に従って、貴方方に処刑を」
「・・・イスファル」
レイラの声が響いた。
止めるゼクスを振り切ってレイラが歩み寄ってくる。
「私が言ったくらいではお前の王への忠誠心は変わらんか」
「はい。・・・私が居なくなっては王は本当に壊れてしまう・・・貴女もそうでしょう?」
泣きそうな笑顔でイスファルは笑いかけた。
「それに、私に護るべき人のために生きろと教えてくださったのは貴女です」
その言葉に、そうだな、とレイラも笑う。
「・・・なら、殺せ」
「レイラ!!」
「お前と私達は相容れない。そうだろう?」
「・・・はい」
ゼクスの叫びが森に響き渡った。
剣を構える、イスファルの声が小さくこぼれる。
・・・紅いドレスの彼女がぐらりと傾いた。
柔らかく微笑むレイラの目から光が消える。
イスファルの耳に、子どもを頼む、という最期の声が届いた。
「・・・きっさまぁああ!!!!」
「っ!!」
目の色を変えてゼクスが向かってくる。
手にはナイフがあった。
それをかわし、彼女はゼクスの腕に向かって剣を振り上げる。
「ぁああっ!!!」
どちらの悲鳴か分からない悲痛な声が森を包んだ。
「・・・ふ、ははっ、ははぁ・・・ぅあああっ・・・」
どさりと崩れ落ちるゼクスの身体。
天を仰ぎ、イスファルは笑い声とも泣き声ともつかない声を上げた。
静かな森に、その声と呼応するように・・・己の両親との別れを告げる、子供達の泣き声が響く。
どのくらいの時が経ったのだろう。
「雪菫!!」
駆けてきたのは雪山の戦いで声をかけた、あの青年だった。
彼だけでも生きていてくれたとイスファルは安堵する。
「無事だったんだな」
「・・・」
ほっとした様子を見せる彼にイスファルは微笑んだ。
「・・・お願い」
目の前の青年に双子を預ける。
何か言いかけようとする青年に背を向けた。
「逃げて」
「・・・え?」
「その子たちと一緒に・・・お願い」
「何言ってんだよ?!あんたも・・・」
「そういう訳にいかない・・・分かるだろうっ?!私は・・・『雪菫』なんだ」
振り返り、彼女は笑う。
静かに、ただ美しく。
「・・・」
「・・・ダークエレンの森の奥に小屋がある。あそこなら魔獣は居ないし軍も捜索の範囲外、だから」
「・・・分かった」
青年が頷いた。
「なあ雪菫!・・・この戦いが終わったらおれの下に来いよ!!!」
立ち去ろうとするイスファルに、かけられる青年の言葉。
「おれ、待ってるから」
「・・・戦いが、終われば・・・きっと」
真摯な青年にイスファルは微笑んで見せた。
ただ、この約束は守られる事はないのだと・・・二人は薄々気付いていた。
国は取り返しもつかないほどに傾いていたのだ。





闇が、空を包む。

終焉へと向かって、歯車は動き出す。

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