或る詩謡い人形の記録〜7〜

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「酷い・・・なぁ」
ゆらりと覚束無い足取りで少女は歩く。
血と涙で澱んだ地を、漂うように、あてどなく、少女は歩き続ける。
・・・門は、開いてしまったのだ。






或る詩謡い人形の記録〜7〜







歌姫の病は良くなるどころか悪くなるばかりで、それに比例したように王が行う民衆への虐殺は止まらなかった。
たった一人の少女を延命する術を探す為に王は多くの国民の命を奪ったのである。
彼は歌姫に託けて真っ白な雪が紅に染まる様子に酔いしれていたのだ。
何が王を変えたのかは分からない。
彼女を救えないと知った絶望か、刻一刻と命のタイムリミットに近づく焦りか。
しかし、本当に歌姫を救いたかったのなら、もっと他に方法があったはずだった。
それでも彼は人々に剣を向けたのである。
嘗ての優しく平和を愛する王では考えられない、と民衆は嘆いた。
終わらない戦いにその嘆きはやがて疲労と共に多大なる怒りへと移行していく。
日増しに暴動や反逆が強くなり、それを鎮圧するための抗争に、大臣達は頭を抱える日々が続いた。
「・・・レイナス王、もう止めましょう」
疲れた顔でイスファルが進言する。
自国への襲撃は4度、隣国や他国へのそれはもう9度目にもなっていた。
「こんな事をして歌姫様が救われるとお思いなのですか?!・・・自国の民を救えない人が一人の女性を救えるとは思えない」
「・・・雪菫」
ゆらりとレイナスが立ち上がる。
既に彼はイスファルを名で呼ぶことがなくなっていた。
「お前は俺に従っていれば良い」
「王様!」
「煩い!!!・・・彼女を白き門に連れて行かれてたまるか・・・」
薄く嗤って王は言う。
狂った王は少女を傷つけることしか出来なかった。
「お前は俺のために剣を振るえば良いんだ。それがお前の存在価値なんだから。そうだろ?雪菫」
「・・・王様・・・」
雪菫の悲しげな声が響く。
暴挙を繰り返す王の耳には、誰の言葉も・・・腹心である雪菫の少女の言葉でさえ・・・届かなくなっていた。





「雪菫様、我が軍はもう救いがありません!」
「軍だけではない、この国自体が危ういのです!」
「このままでは確実に滅んでしまう・・・!!」
兵の願いは悲痛だった。
嘗てイスファルを兵に入れることを躊躇した大臣でさえ、彼女に縋るしか術がなくなっていた。
しかし、もう彼女の言葉も届かない今、どうすることも出来ない。
「雪菫様!!」
「・・・分かった」
急かすような声にイスファルは覚悟を決めた。
・・・もう、こうするしか方法が、なかったのだ。
「狂う王のために」
雪菫が目を閉じる。
何を言われても、どれだけ傷つけられても少女の気持ちは街に降る雪のように真白で変わらなかった。
愛しい人を救いたい。
その為には・・・誰を・・・無論自分も・・・犠牲にしても構わなかった。
「・・・歌姫に永久の眠りを!!!!」
剣を高く突き上げる。
自分はどうなっても良い・・・王を救うため、ただそれだけだった。


彼女は唯・・・イトシイヒトノタメニオノレノケンヲトッタダケ。

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