或る詩謡い人形の記録〜8〜

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「・・・歌姫、様」
「・・・貴女と直接逢うのは3度目ね、雪菫」
空に近い塔、雪菫は微笑む歌姫の前に居た。
「・・・一度はどこか、まだ私は教えてもらっておりませんけれど」
「ふふ、そうだったかしら。・・・それで」
輝く黄土色の眸がイスファルを見る。
全てを悟ったような眸だな、とイスファルは思った。
「私は『殺され』るの?」
「・・・そうですね、そうなります」
「・・・そう」
歌姫が儚く微笑む。
硬い表情をふっと崩したイスファルは事の詳細を歌姫に説明し始めた。
その内容に最初こそ驚いていた歌姫だったがすぐにくすりと笑う。
「いいの?」
「・・・それが、王の為ならば」
歌姫の問いかけにイスファルが笑った。
「・・・じゃあ、『殺して?』」
「はい」
両手を広げる少女に彼女も剣を抜く。
これで歯車は元に戻ると・・・王が元の平和を愛する彼に戻ると、そう信じていた。







或る詩謡い人形の記録〜8〜










カラン・・・という音を立てて剣が落ちた。
目の前には二つに裂かれたピンクのドレス・・・少女は『死んだ』のだ。
秘密を共有したような笑みを浮かべ、少女達は手を取り合う。
「これで私は『死んだ』のね?」
「ええ。そして私は反逆者です」
「王の為に」
「王の為に」
言い合って少女達は無邪気に笑った。
これから起こる悲劇など、彼女達は知る由もなく、ただ王の為を思って。
彼女達は微笑み合う。
「街は変わってしまったわ」
ふと、窓の外を見た歌姫は悲しげな表情を浮かべた。
「雪は血の色に染まって。地面が見えないほどに人々が重なって。・・・家が瓦礫となって」
ふわりとクリーム色の髪が揺れる。
「もう私が好きだった街はここにはないのね」
「・・・歌姫様・・・」
歌姫の言葉に雪菫も目を伏せた。
視察で訪れた街の人々は誰も彼も優しかったのを思い出す。
お嬢さん、と呼んでくれた声を懐かしく思った。
・・・もう、先日の殲滅でそこは跡形もなく消えてしまったけれど。
「貴女の名前、聞いて良い?」
歌姫が笑う。
「何時までも雪菫、じゃダメだと思うの」
「・・・イスファル、です」
「イスファル、素敵な名前」
「貴女は?」
久しぶりに呼ばれる名前の心地よさに頬を緩めたイスファルが問いかけた。
「・・・私は、ニア。人々はウェブと呼ぶけど」
「?何故です?」
「さあ?そういう『名称』だからじゃない?」
意味深に笑うニアにイスファルは純粋に首を傾げる。
「・・・ニアのほうが、素敵だと思うのに」
「有難う、イスファル」
歌姫が微笑んだ。
ただ静かに。
苦しそうな笑みは病気の所為かそれとも別の何かか。
それはどこか雪菫の・・・あの雪山で見せたイスファルの笑みに似ていた。







ニアと別れ、イスファルは裏門へと急いだ。
誰も居ないことを確認する為である。
ふと森で青年に言われた言葉を思い出した。
このまま逃げてしまおうかと門の向こうを見つめたイスファルは頭を振って自嘲の笑みを浮かべる。
王について行くと決めたのだ。
最期まで共にすると。
それがどんな未来であろうとも、構わなかった。
そこから裏庭へと足を向けた時・・・誰かの足が見え、イスファルは足を止める。
「・・・え?」
最初は兵士か民衆だと思った。
今の城内では誰が死んでいてもおかしくない。
だが。
そこで倒れていたのは。
「・・・そんな、・・・何故」
イスファルの顔が青ざめる。
裏切られた、という思いが一瞬頭に過ぎった。
「・・・歌姫・・・さ、ま?」
イスファル自身が『殺した』はずの歌姫がここで『死んで』いる等、『有り得ない』。
何故、どうして、という思いが駆け巡る。
病が急に重くなった?誰かに殺された?まさか自害した・・・?
呆然と立ち竦む彼女を現実に引き戻したのは、歌姫を想う・・・そして雪菫が愛する人の声だった。
「イスファル、何をしている・・・?!!」
「っ?!」
低い声に彼女は振り返る。
怒気なんてものじゃない、凄まじい怒りを滲ませたレイナスがそこに立っていた。
歌姫を『殺され』たのだ。
当然といえる。
「・・・レイナス、王」
そう、ばれてしまった。
・・・なら。
「・・・歌姫を殺したのは、私です」
静かに、そう・・・告げた。
「・・・何?」
「歌姫を殺したのは私だと言ってるんです。・・・貴方の大切な歌姫を殺したのは私だと・・・!!」
「・・・こいつを地下牢に連れて行け!!!!」
壊れたように言う雪菫にレイナスが言い放つ。
たちまち城の者がイスファルを取り押さえ、呪いの様に言葉を紡ぐ彼女を引きずって行った。


「・・・犯人ではないくせに・・・だが」
レイナスは彼女が行った後を見つめる。
血に狂ってからレイナスが久々に見せる、歪んでいない表情で。
まるで魂の抜けた抜け殻の如く抵抗もしない少女に王は届かない最後の声をかけた。
「お前も同罪なんだよ、雪菫」

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