鬱的花言葉で1日1題3章・がくキヨ(へレニウム/にしきざ・ボカロSSS

「・・・会いたい人に会える鏡、ね」
我が小さな主人に「磨いといて!」と渡された2対の鏡を見ながら俺は溜息を吐いた。
そんなもので会えるなら苦労はしないと思うのだが。
一回なら使ってもいいよ、といたずらっぽく言われたそれを思い出し、壁に立てかける。
会いたい人、か。
・・・そうだな、処刑された自分の兄には一度会いたいかもしれんな。
つぅ、と鏡に指を滑らせる。
途端に鏡が曇った。
「・・・え?」
霧が晴れるように輝きを取り戻した中に、いたのは・・・。
「・・・兄、さん?」
「・・・は?」
思わず食い入るように中を見つめる。
セミロングの黒い髪にメガネの彼は・・・兄によく似ていた、が。
・・・違う、兄ではない。
しかし、どこかで・・・。
「・・・失礼。・・・貴方は」
「・・・。セト」
少し長い、黒に近い茶髪をさらりと揺らして彼・・・セトが言った。
「セトさん」
「さん、はいらない。セト、でいい」
鏡の向こうの彼が笑う。
「で?お前は誰」
「我は・・・ガモン」
「ガモン?ふーん、変わった名前なんだな」
彼の言葉に俺も笑って見せる。
・・・ガモン・オクトは【昔】の名だ。
今はヴェノム・ソードという【名】がある・・・が、この男には知らせずともいいだろう。
「あまり驚かないのですね」
「一応これでも驚いてるぞ。鏡に自分じゃない人が写って、しかも喋ってる。こんな非科学的なことは初めてだ」
おかしそうに笑う彼・・・セト。
随分子供っぽいのが出たな。
「っていうか敬語やめろよ。そういうの、好きじゃない」
「・・・分かった」
白い服をひらめかせつつ、そういう彼に俺は苦笑する。
・・・あまり地を出すことはないのだが、彼には出してもいいと思えた。
「仕事は?何やってるんだ」
「ああ。庭師だ」
「・・・。・・・本しか見えないけど」
「庭師が書類整理をやってはおかしいか」
「別に?」
くすりとセトが笑う。
「セトは?」
「僕?・・・科学者、というにとどめとく」
「なんだ、それは」
楽しそうに笑うセトは第一印象と変わらず可愛らしい。
「ガモン」
「ん?」
「どうして僕の姿が見える?」
「・・・そうだな」
首をかしげるセトに笑って見せる。
「我の遊びに付き合ってくれれば、教えてやる」
「遊び?」
「ああ」
俺の言葉にセトが考え込むように下を向いた。
「どんな遊びなんだ?」
「何、簡単だ」
笑って、指を一本たてる。
・・・いけないことだというのは、分かっていた。
「貴方が科学者だというのなら、鏡の中から出ることなど、容易いだろう?」
「鏡から、出る?この?」
「ああ、そうだ」
頷く俺の脳内で誰かがささやく。
セトにそう言えば、おそらく彼はやってのけてしまうだろう。
出会って数時間しか経っていないが、そんな気がした。
そして、出てきてしまえばこの日常はすべて【終わる】。
何かに怯えながら暮らすことも・・・泥沼のような日々に射しはじめた光もすべて、なくなるのだ。
「・・・いいよ」
彼が無邪気に笑う。
それはどこかあの我侭な王女に似ていた。
「その【遊び】、乗ってやるよ」




鏡の中の彼が消える。
つ、とその縁を指でなぞりながら俺は嗤った。
「やっと会えた・・・俺の・・・原悪者」

紫色の夢で見てから、心の奥でずっと気になっていた男。





俺をこんな目に合わせた最悪者に、俺は




・・・絶望的に不可能な恋をした


ーー
がくキヨ・絶望の恋/危険な遊び
*ガモン(庭師)×セト

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