黒猫とリンドウ(ボカロSSS・ジニロク

「おや?・・・おやおやおや」
ふらふらと歩くその人物を見つけた私はくすりと笑った。
随分ぼろぼろですね、オンザロックさん?
「・・・こんにちは」
「・・・。・・・ジーニアス」
「どうかなされましたか?服が、濡れている」
するりとその頬を撫でた。
低体温の私の手に伝わるそれは、酷く冷たい。
「・・・雨に、降られたんです」
「ほう。それは大変でしたね」
ええ、と笑う彼は何処か無理をしているように見えた。
「・・・。聞きましたよ」
小さく笑って囁くと、彼は大仰に肩を震わせ・・・私を仰ぎ見る。
その表情は何処か泣きそうだった。
「あなたの近しい人々が次々にいなくなっているそうですね?」
「・・・めろ」
「数週間前、あなたを抱き込もうとしている大手のプロダクション社長がいなくなったそうじゃないですか」
「・・・やめ、ろ」
「嫌がっていたのでしょう?よかったじゃないですか、いなくなって。まあ、その他の人々がいなくなったのは不運な事故としか言いようがありませんが」
「やめろ!」
オンザロックさんが珍しく怒鳴る。
ガタガタと震えるオンザロックさんは哀れでそして・・・美しかった。
「・・・。・・・大丈夫。私はあなたの味方ですから」
「・・・え?」
震える彼の肩に私の白衣をかけて笑った。
「それに、私はあなたの前からいなくなりません」
「・・・でも」
「あなたの周りの人も皆そう言った?そうでしょうね。しかし、私は大丈夫です」
見上げる彼に、大丈夫、と囁く。
彼にとって、甘い言葉。
「行きましょう。私の部屋に」
「・・・?」
「濡れている服を乾かしていきなさい」
ねえオンザロックさん。
そう、差し出す私の手に彼の手が乗せられた。





少し前を行く彼を見ながら私は笑う。
「・・・野蛮ですねぇ、パンキッシュさん」
小さく呟いた言葉は恐らく彼には聞こえてはいないだろう。
これを仕組んだ犯人を私は良く知っていた。
彼がここまでしたからオンザロックさんは傷ついて、悲しんでいる。
羽を折られた小悪魔は、救いようのないほどに綺麗だ。
「私は、悲しんでいるあなたが好きですよ」
「え?」
「いえ、なんでも」
不思議そうに振り返る彼に笑みを見せる。
不安に怯え、精神的に追い詰められ、そして誰よりも悲しんでいるオンザロックはとても綺麗だ。
そして、手に入れたいとも思う。
しかし【彼ら】のやり方は野蛮だ。
閉じ込めたり、大切な人を奪ったり、孤独にさせてみたり・・・。
そんなことしなくても、もっとやり方は他にあるでしょうに。
嗚呼、やはり彼らは若い。
こうやって、悲しんでいる彼らに寄り添うだけで簡単に堕ちてくれることを知らないのだ。
それに、私は。
「・・・ジーニアス?」
「ああ、すみません。すぐに行きますよ」
不安そうな彼の頭を撫でる。
心に漆黒の蝶を飼う黒猫に私は静かに笑った。



猫の様に、蝶の様に、


誰のものにもならない人を、手に入れることが



無理矢理奪うのではなく、自ら私の手に堕ちてくることが





至高なのですよ

ーー
リンドウの花言葉は悲しんでいるときのあなたが好き、あなたの悲しみに寄り添う、寂しい愛情です。いやっほぅ!
一つ前のパンロクの別視点のような。

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