はじめて(へし燭SSS・ワンドロお題)

初めてだった。
「・・・ははっ」
遅れてやってきた痛みに、その個所を手で押さえる。
「・・・。・・・大嫌い」
ひやりとした声で目の前の彼が、燭台切光忠が言った。
「っ、おい!燭台切!!」
「話すことなんて何もない。僕に金輪際近づかないでくれないか」
言葉の意味を理解し荒げた声を上げた瞬間、見た事もないような冷たい目で彼は言う。
こうして、長谷部が本丸に来てから約半年、紆余曲折あって光忠と付き合うようになってから5か月にして初めて。
長谷部は光忠と【大喧嘩】をしたのであった。



「・・・いい加減仲直りしたらどうなんですか?」
そう言ったのは大和守安定である。
彼とは比較的仲が良かった。
・・・彼の相棒である加州清光には一方的に嫌われている様ではあるが。
「・・・しかしだな」
安定の言葉に長谷部は空を仰ぐ。
何故喧嘩したかなんてもう忘れてしまった。
如何にもくだらない事だった気がする。
あの温和で敵の前以外では優しい光忠の、あんな表情を長谷部は・・・久しぶりに見た。
冷ややかなそれは嘗て仕えた織田に居た頃の小さな彼と同じ表情で。
一瞬、ほんの一瞬それを綺麗だと思ってしまったのである。
その所為で理由を問いただす時を見失ってしまった。
それは失敗したとは思っているが。
「謝りましょうよ」
「理由も分からんのにか」
「喧嘩の理由なんて分かったところで新たな火種ですよ・・・っと」
ひょいと安定が収穫した野菜を持ち上げる。
今日は畑当番の日で、元々は光忠と一緒だったのだが、どうやら変わってもらったらしかった。
勝手にそういう事をし、長谷部を避ける彼に苛々する。
あれから数週間、長谷部は光忠と目すら合わせていなかった。
最初の数日はまだ耐えられたものの、こう何日も続くと辛い。
理由も分からぬまま避けられれば長谷部にも苛々が募り、今では周りの刀達に怯えられていた。
それもこれも光忠の所為だ。
避けるほど怒っている癖にその訳を一言も伝えようとしない。
「長谷部さん?」
「・・・ああ、すまん」
「・・・。・・・そうやって簡単に謝っちゃえばいいんですよ。理由なんて後から聞けばいい」
「・・・お前はそうしているのか、大和守安定」
「そりゃ、まあ」
長谷部の問いに安定が笑う。
そうすれば確かに今の苛々は解消されるだろう。
しかし。
「・・・あ」
「あ?」
安定の声にそちらを向けば、目の前から清光と光忠が歩いてくるのが見えた。
長谷部の姿を認め、びくりと身体を強張らせた光忠は慌てたように踵を返す。
「っ、燭台切、待て!」
収穫した野菜を安定に押し付け、長谷部は走り出した。
力の差は兎も角として、機動力は長谷部の方が断然早い。
ぐん、と光忠の腕を引っ張り、そのまま己の腕の中に引っ張り込んだ。
「・・・っ、嫌だ、離し・・・っ!離せ!!」
じたじたと暴れる光忠を壁に押さえつける。
力では悔しいかな、本気を出されると敵わないのだ。
息を詰まらせる彼に顔を近付ける。
「何を怒っている?」
「・・・別に」
「別に、では分からんな」
「話すつもりはないよ」
「では俺もお前を離すことは出来ん」
長谷部のそれに光忠は金の片目を大きく見開かせた。
「・・・何故」
「疑問を返すか?・・・お前が一番よく分かっているくせに」
にやりと笑い、長谷部は光忠に口付ける。
「・・・んっ、や、嫌だって、言ってる!」
「何故だ?」
「・・・君の事、嫌いだからだよ」
「ほう?・・・では」
睨む光忠に長谷部は口角を上げた。
もう光忠の眼に冷ややかなそれはない。
ただ意地を張っているだけだ。
だったら。

「もう一度俺の事を好きにさせてやる」

耳元で低く囁き、長谷部は光忠に深く口付けた。



ただ理由も分からず謝るのは性に合わない。
それが新たな火種を生むのなら丸め込んでしまえばいい。
こちらが悪くないと思えば・・・そうなるのだから。

「喧嘩は終いだ・・・なあ?光忠」




・・・嫌々言う光忠を丸めこみ、なし崩しに仲直りしたのは・・・また別の話。

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