雨上がり(へし燭SSS・ワンドロお題)

ぽちゃん。
耳に届いた雫の音に、長谷部は顔を上げた。
どうやら雨が止んだらしい。
暖簾を上げれば庭先で咲いてる紫陽花に雫が溜まり、きらきらと瞬いていた。
「・・・おい。起きろ燭台切」
「・・・ん・・・」
振り返り、長谷部の背後で寝息を立てていた光忠を揺り起す。
ややあって光忠がむくりと身を起こした。
「・・・僕、寝てた?」
「ああ」
「・・・そっか」
ふや、と光忠が笑みを見せる。
彼は雨の日になるとよくこうやって長谷部の部屋にやってきた。
隠している目が疼くのだと、そう言って。
そう言えば彼が伊達家に行ったのはこんな雨の日だったかもしれない。
長谷部はそれを覚えていないけれど。
物置の奥で雨が止むのを怯えた様に待っていた光忠に、長谷部が「雨の日は俺の部屋に来い」と言ってやったのだ。
「雨、上がったんだ」
「そのようだな」
微笑む光忠に長谷部もそう返す。
短い会話だが長谷部はこの穏やかな時間が好きだった。
・・・と。
「・・・あ」
光忠の短い声に長谷部もそちらを向く。
雲間から差し込む長い光。
・・・かつて主から聞いたことがある、それは確か。

「あ、天使の梯子だ。見たら願いが叶うやつ」
「それ流れ星だろ?」
ふと明るい声が聞こえる。
どうやら遠征部隊が帰って来たらしかった。


天使の梯子。


それに光忠が手を伸ばす。


「おい?」
「ふふ。掴めたら素敵だろうな、と思ってね」
光忠が笑う。
掴んでどうする、と聞けば黒い髪を揺らし、彼は首を傾げた。
「その奥に宝物があるんだろう?」
「それは虹じゃないのか」
ふやりと笑う光忠に長谷部は言う。
虹の梺に宝物、は聞いたことがあったからだ。
「そうだったかな」
柔らかく笑う彼に光の尻尾が差す。

雨上がり。
天使の梯子に手を伸ばす・・・その横顔はどこか儚げで。
「・・・光忠」
「え?何・・・長谷部君?」
その手を自分の方に引き寄せた。
驚いた表情の光忠が長谷部の胸に飛び込む。
「どこにも・・・行くなよ」
低く囁けば目を丸くし、彼はふわふわと笑った。




雨上がり。

雲間にまぎれて空に帰ってしまわない様に。


長谷部を魅了する戦場の天使に口付けた。

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