中3光忠クンがモブに洗脳されてひどい目に合う話3(刀らぶSSS・モブ燭(へし燭)現パロR18

長船光忠の様子がおかしい。
気付いたのは1週間前のことだった。
病気で欠席してそれから数日。
思えばその時から早退が増えていたし、ふらふらしていることも多くなった。
何より。
「・・・聞いているか?長船」
「ひっ?!・・・な、なに、長谷部くん」
一瞬怯えてから弱々しい笑みを見せる。
この通り、長船が俺に、周囲に、びくびくすることが日増しに強くなっていた。
病み上がりという事を踏まえてみてもこれはひどい。
こないだは体調不良を訴え、早退を申し出た長船に最近多くなったと咎めた教師の前で泣き出す始末だった。
・・・長船は、人前で涙なんか流すやつじゃなかったのに。
「・・・長船」
「っ、な、なに・・・?」
肩に触れようとした俺を避ける。
「お前、俺が怖いのか」
「・・・怖く、ないよ」
何を言ってるの、と長船がへしょりと笑った。
その肩が小さく震えている。
・・・嘘吐き。
長船がそうやって笑う時は大概嘘だ。
何か隠している。
「・・・。・・・そうか」
「うん、そう・・・。・・・ひゃう?!」
「俺に隠し事か?長船」
ずいと迫って壁に手をついた。
怯えた目をして長船が俺を見る。
逃げようと思えば逃げられる距離。
「ち、違う・・・違う、よ・・・」
それを、目線を反らして逃げようともせずに小さく言う長船は、明らかにおかしかった。
「なあ、お前・・・」
問い詰めようとした刹那、長船のカバンからスマホのバイブ音が聞こえる。
「っ!!!!」
「おい!」
瞬間、俺を突き飛ばしカバンを掻き抱くようにして取った。
「ご、めん。僕、帰る」
「待て、長船!」
「ごめんね」
無理に笑いながら長船は怒鳴る俺を無視し、教室の外へと消える。

それが、昨日の話だ。



そして、今日の朝。
「な、なんだこれは・・・ひどいイタズラだな」
いつも通り一番だと思っていた教室に思ってもみない光景が広がっていた。
黒板いっぱいに彩られたカラフルなそれは近付けば写真だと分かる。
分かりたくなかったのは被写体の方だ。
写っていたのは全て長船だった。
裸で、あろうことか『いけない』ことをしている。
中学になればそれくらい見て分かった。
簡単に言えばセックスだ。
相手は男で、長船も男だけれど。
これはいわゆる合成写真だろう。
そうでなければおかしい。
当の本人、長船はといえばそれを前にへたりこんでいる。
無理もない。
男なのに誰とも知らないやつからこんな嫌がらせを受けたら俺だってそうなるかもしらん。
まあ俺は先に証拠隠滅を図るだろうが。
俺は溜め息を吐き出し、黒板から乱暴に剥ぎ取った。
作ったのは写真部かパソコン部か。
何れにしろ担任に報告しなければならないだろう。
・・・全く、面倒な事を。
全て剥ぎ取った後、まだへたりこんでる長船の肩を掴んで揺する。
「長船!おい!しっかりしろ!長船!」
ゆさゆさと幾分激しく揺すったが、目を見開いたままだった。
そんなにショックだったのだろうか。
気持ちは分からんでもないが。
逆だったら、と考えてゾッとする。
俺がその対象で、見つけたのが長船だったら。
・・・ああ、考えたくもない。
そういえば長船は何故今日は、今日に限ってこんなに早いのだろう。
「うそ、なんで?僕、ちゃんと言うこと、聞いた・・・」
「おい、しっかりしろ!合成写真ごときに動揺するな!!」
「僕、何のためにいい子にしてたのかな・・・。大嫌いなフェラだってがんばったし、おしりから血が出ても泣かなかった。どうして、なんで・・・?」
虚ろな目でぶつぶつ言う長船が恐ろしく見えた。
な、なんだ?
「長船・・・?」
「僕は何のために我慢してたの・・・?怖かったし嫌だったのに僕は、僕・・・?」
放心状態で呟き続ける長船をどうすれば良いか分からない。
思わず手を伸ばした。
「・・・お前が何を怯えてるかは知らんが俺は軽蔑したりしない。大丈夫だ」
もう少しで触れる、その瞬間長船は心底怯えたように俺を見る。
「ぃ、や・・・いや・・・!」
ガタガタと震えながら長船は俺から逃げる様に後ずさった。
自分の机にぶつかる。
ぶつかった机から、何かでベトベトにされた体操服やリコーダーなどが転がり落ちて背筋が粟立った。
ぬるりとして、いか臭い。
同じ男だからわかる、これは精液だ。
思わず顔をしかめた。
気持ちが悪い。
長船がじゃない、仕掛けた犯人が、だ。
クズとしか言い様がない行為。
狂ってる。
直感的にそう思った。
「っ」
まさかと思い、長船の鞄を引ったくり、逆さにする。
鞄から落ちたノートには「また遊んでね」「可愛い子生んでね、そのこも一緒にあそぼ」等と、かかれていた。
一連の事はたちの悪いイタズラ・・・ではないのかもしれない。
ようやくそう思う。
これがもし合成写真なんかじゃなく、本当にこいつの身に起きていたとしたら。
この身体に全て背負いこんでいたのだとしたら。
「長船、俺がわかるか?」
「・・・は、せべ・・・くん?」
「ああ、そうだ」
虚ろな目で、それでも俺の名を呼んだことにほっとする。
「長船、これは苛めの域じゃない。狂ってる」
「・・・」
「誰かに相談したらどうだ?」
言う俺に長船は必死に首振った。
「ダメ!誰にも言わないで、お願い・・・お願いします・・・」
俺に縋り、かわいそうなくらいガタガタ震えるから何も言えなくなる。
瞬間、買い換えたんだと言っていた彼のスマフォが震えた。
line?
『素敵なサプライズだったでしょ?気に入ってくれたかなぁ??』
『あ、長谷部クンに気づかれちゃったんだ。ダメな子だね・・・お仕置きだよ、今日はたくさんのお友達の前で犯してあげようね』
『光忠クンは見られるの大好きだからお仕置きにならないね?じゃあ特別に長谷部クンに見てもらおっかぁ』
スマホに浮かぶ文字を見、声にならない悲鳴をあげる長船。
それからすがるように俺を見た。
「長谷部くん、おねが、逃げて・・・」
「俺より自分の心配をしろ。いいか、俺の傍を離れるな。もうすぐ五条国永も大和守安定も来る。こんなクズ相手にする必要ない。・・・だから、泣くな」
さっき触れられなかった手を伸ばす。
途端に響き渡る通知の、音。
『王子様に守ってもらってよかったねぇ』
『もう、中古だから長谷部クンには釣り合わないよね?』
『僕を見ろ長船光忠。僕はずっとお前を見ているからな』
スマフォが連続して通知音を立てる。
口を押さえて青ざめる長船は近くのゴミ箱に顔を突っ込んだ。
嘔吐の音の後、ゴミ箱を抱えて長船は嗚咽を漏らす。
「ぅあぁあ・・・!!!うぐ、ぅう・・・!!!」
なんで、こいつが、こいつだけがこんな思いをしなければならないのだろうか。
あんなに負けず嫌いで俺よりも強かった長船が今はこんなに震えていた。
その事実にヘドが出る。
俺の・・・長船を何処へやった。
「こんな言葉に惑わされるほどお前は弱くなかっただろう、長船光忠!!」
小刻みに震える長船を抱き締める。
見ていられなかった。
なぁ、頼む。
俺たちを苦しませるな。
その願いも虚しく、通知が届く。
『中古の癖に中古の癖に中古の癖に』
『もう赦さないキミは僕のものだって言っただろ?』
『言って分からないバカな子には身体で分からせてやる』
「うぁあ・・・、ごめんなさいごめんなさい、いい子にします・・・つぎはちゃんとやります、ぶたないで、もういたいのやです・・・いたいのはいやなんです・・・ひっく、ひっく」
ついにその文章で頭を抱えてしゃくりあげはじめてしまった。
「・・・長船?」
「や、やだ、痛いのはいや、怖い、怖い・・・ひどいことしないでなんでもするから、お願い・・・あつい、やだ、もう、やだよぉ・・・ひっ、ぐすっ言うこときくから、だから、ひどくしないでぇ・・・!」
ポロポロと涙を流す長船が見ているのは誰だ。
いつも澄んだ目を濁らせて、俺じゃない誰かに怯えている。
俺じゃない、その相手は誰なんだ、なぁ!
「おい長船!俺だ!お前の目の前にいるのは長谷部国重だ!目を覚ませ!」
思わず頬を軽くパチンと叩く。
軽い、冗談でやる程度の。
それを受け目を大きく見開いた長船は表情を歪め急に笑い出した。
「あ、あはは・・・ふふっ、また、だめだったの?またいたいことする?・・・っくく、ひひひ、きゃははは!」
長船はまるで心壊したように笑う。
ああ、壊したいわけじゃなかった、のに。
「ごめん」
狂ったように笑う長船を腕の中に引き寄せる。
違う、違うんだ・・・俺は。
「行こう」
けらけらと笑う長船を抱き上げて俺は彼のスマホを手に取る。
「俺は貴様の思い通りにはならない」とメールを打ってlineをブロックしメアドから何から何まですべてを削除した。
職員室廊下まで連れていき、写真もシュレッダーにかける。
「俺は忘れる。お前は・・・。・・・ゆっくり忘れていけばいい」
千々になる写真を見ながら俺は言った。
「っふふ、ふふふ・・・はは、は・・・ぅうぅ゛ーっ・・・もうやだぁ、もうやだよぉ。これ以上何もされたくない、もうあの人たちと会いたぐない゛っ!はせべぐん゛・・・」
笑っていた長船がようやく表情を歪めた。
すがる身体を抱き締める。
「大丈夫だ、会う必要なんてない。お前は何もしなくていい。よく耐えたな。俺達の為に・・・我慢しなくて良かったんだぞ、なあ・・・」
幼子のように泣きじゃくる長船の頭をよしよしと撫でながら落ち着くまで一緒に居た。
授業には行けないと思ったから陸上部の部室につれていく。
どうせ俺や相州、五条の名前なんかを出されたんだろう。
馬鹿な長船。
一言相談すればよかったものを。
抱きつく長船の背を優しく叩いてあやす。
落ち着いてきた頃を見計らって俺はそっと囁いた。
「やめるか」
「・・・え?」
「幼なじみ」
小さな声が漏れる。
見開かれた金の瞳。
そっと抱き寄せた。
・・・最初からこうしておけばよかったんだ。
「俺の恋人になってくれ。・・・光忠」
「・・・!」
驚いたように俺を見上げ、それから顔を伏せる。
その顔をそっと上げてやった。
・・・格好悪い顔だな、まったく。
「いいの?僕、中古だよ??」
「心を捧げるのは俺が初めてなんだろう?」
額を付き合わせて笑う。

かくして、俺と・・・光忠、は恋人となった。


恋人、といっても関係が変わる訳ではない。
しかし、俺の気持ちが伝わり、光忠がそれを受け止めてくれた。
それだけで十分だ。
思えば俺はこいつの事が出会った頃から好きだったのだろう。
『は、はじめまして!はせべ、くにしげ、です!』
『くにしげ・・・。・・・くぅちゃんだね!ぼくはみつただ。おさふねみつただだよ、よろしくね!』
そう、にこりと微笑まれたその日から。
最初は好きだと伝えるつもりはなかった。
だが、俺の知らないところで、悍ましい方法で躰を開かされてるのを知った時、ああ俺はこいつに気持ちを伝えなければと思ったのだ。
そうでなければどんどんこいつは俺から離れていく。
・・・その前に。
「光忠」
玄関先で佇んでいる彼に声をかけると俺を認め、嬉しそうに表情を和らげた。
彼の名を呼べることがこんなにも嬉しいなんて。
「長谷部くん」
「行くか」
「うん」
俺のそれに光忠が頷く。
ここ最近、俺は光忠と共に学校へ行くようになった。
何が起こるか分からないし、その『男』がいつ光忠に近付くかも定かではない。
俺の朝練で登校が早くなってしまったが光忠は「平気だよ」と笑ってくれた。
「長谷部くん、走ってきたの?汗凄いよ」
「え?ああ」
くすくすと光忠が笑う。
軽いジョグのつもりだったのだが・・・と汗を拭こうとしたところで。
「・・・ない」
「?何が?」
きょとんとした表情を見せる光忠の前でポケットをひっくり返してみせた。
「お前から貰ったハンドタオル。重宝してたんだが」
朝家を出るまでは確かにあったはずのそれがない。
何処かで落としたんだろうか?
「まだ持ってたの」
嬉しそうに笑う光忠に当たり前だろうと返す。
それは確か小2の誕生日に光忠からもらった物だ。
大事に使ってきたそれは大きな大会等には持っていき、お守り代わりにした。
今日ポケットに入れていたのはもうすぐインターハイが近いからだ。
それなのに。
「・・・。・・・ありがとう、長谷部くん」
嬉しそうに、至極嬉しそうに光忠が笑う。
「まあ、もうお前がいるから、いいか」
「え?」
「なんでもない」
きょとんとする光忠の頬を撫でた。
くすぐったそうに笑いながら光忠は「今度は一緒に選びに行こう、ね?」と言う。
「そうだな」
笑い合うこの瞬間、俺たちは確かに幸せだった。

それが、崩壊していくと・・・ガラガラと音を立てて崩れていくとは知らずに。


その日はいつかの様に教室には誰もいなかった。
いや、あの時は光忠がいたか。
・・・それにしても。
教室に入った途端、俺は顔をしかめた。
机の上には菊の入った花瓶が置いてある。
趣味の悪いイタズラだ。
馬鹿馬鹿しい。
青ざめる光忠に気にするなと頭を撫でる。
こくんと頷き、自分の席に座ろうとした光忠が、怯えたように声なき悲鳴をあげてへたりこんだ。
「光忠?!どうし・・・!」
目を見開いてガタガタ震える光忠が綺麗なそれに映していたもの。
それは椅子にくくりつけられ、悪臭を放つ、男性器を模したもの・・・所謂ディルドというやつだった。
白い液体のがかかり、光を浴びて鈍く光る。
気持ちが、悪い。
光忠は緩く首を振っていた。
その目を両手で覆う。
「見るな」
ゆっくりと俺の椅子に座らせ、光忠の椅子を使っていないものと取り換えた。
ビニール袋の上からそれを掴み・・・ゴミ箱に突っ込もうとしたところでやめる。
厳重に括ってから使われていないロッカーに入れた。
後で焼却炉にでも入れればいいだろう。
椅子を丁寧に吹き、光忠の元に戻った。
虚ろな目で宙を見つめる光忠を抱き上げる。
机の花瓶を叩き落とし、自分の・・・陸上部の部室に向かった。
ガラリと戸を開け、長椅子にそっと降ろす。
呆然とする光忠を抱き寄せた。
「もう今日は帰った方がいい」
「・・・。・・・や、いや・・・」
「光忠」
ようやっと言葉を発したかと思えば弱く首を振る彼に俺は嘆息する。
俺は光忠のこの顔に・・・弱い。
「・・・分かった。俺の朝練が終わったら帰れよ。・・・送っていくから。な?」
「・・・うん」
こくりと光忠が頷く。
頭を撫でようとした・・・その刹那。
「・・・何やってんですか?」
「・・・あ」
呆れたように俺たちを見る、後輩の大和守安定とひょこりと顔を覗かせる加州清光がそこにいた。


「・・・ほーんと過保護ですよねぇ、先輩」
「五月蠅いぞ、大和守」
くすくす笑う大和守を睨み付ける。
この二人は俺たちが『付き合って』いるのを知っていたからまだ良かった。
・・・五条や相州だと卒倒していただろう。
「ほら、早く行って来ればどうですか?」
「ん?」
「長谷部くん」
振り向く俺に、ふわ、と光忠が手を振った。
それに振り返し、駆け寄る。
光忠の傍にいた加州がそれを見、くすと笑った。
「相変わらず過保護だよねえ」
「五月蠅いぞ、加州」
笑う加州を睨み付ける。
・・・さっきもしたな、この会話。
「っていうか体大丈夫なの?」
「え?」
首を傾げる光忠を加州は見上げる。
「相州からきーた。病気なんでしょ?あんまし無理しちゃダメだよ」
びしっと指を光忠に向けて加州は言った。
今ふらふらしているのも病気の所為だと思っているのだろう。
まあ、好都合だが。
「実は朝から具合が悪いらしい。俺は今からこいつを送っていく。加州、後は頼んだ」
「えー、俺後輩なんだけど?!」
「後輩は先輩のいう事を聞くものだろう」
「何それムカつく!」
「まあまあ」
くすくすと笑いながら光忠は俺たちをいさめた。
・・・少し元気になったようだ。
これもこいつらのお蔭だろう。
「ごめんね、清光くん」
「いいよ。長船さん。・・・俺は長谷部が嫌いなだけだからー」
「何?」
「二人とも」
べ、と舌を出す加州を睨むと少し困ったように光忠が笑った。
「あ、長船さん、これ」
「うん?」
「手紙。俺のロッカーに入ってたの。中身は見てないよ」
加州が笑う。
当たり前だろ、といつの間にかこっちに来ていた大和守が言った。
「ありがとう、清光くん」
「ラブレターなら捨てた方がよかった?」
「流石にそれは・・・可哀想、かな?」
小さく光忠が笑う。
・・・まあ捨てることになるだろうがな。
「で?長谷部は帰ってくるんでしょ」
「・・・俺は」
「・・・。・・・長谷部くん」
休む、と言いかけた俺を光忠は咎めるように言った。
「心配なのは分かりますけどね、二人揃って欠席だと色々あれですよ。特に五条先輩が」
「・・・それは確かに厄介だな」
「え?なんで国永さん?」
大和守のそれに頷くと光忠はきょとりと首を傾げる。
「分かった、一旦戻る。・・・行くぞ」
「え、あ、うん。待って!」
先を歩く俺にわたわたと光忠が付いてきた。
そうして人気が無くなったところで振り向く。
「・・・さっきの手紙だが」
「?うん」
「少し見せてくれるか」
「いいけど」
光忠は訝りつつもカバンの中から先程の封筒を取り出し、俺に手渡した。
慎重に開けてそれを取り出し、思わず顔を顰める。
「これは俺が捨てておく」
「なんで。僕の手紙だ、よ・・・」
ぶすくれた表情の光忠が俺の手からそれを取り上げた。
みるみるうちにその表情が歪む。
「・・・ひっ」
光忠が青ざめた顔で踏鞴を踏んだ。
慌ててその身体を支える。
「いや、なんで、なんで・・・!!!」
呆然としたように光忠が緩く首を振る。
悪趣味だ、と思った。
バラバラと落ちるそれはこの間見たものと同じ写真だった。
手紙にはびっしりと好きだとか愛してるだとか孕ませてあげるだとかそういう類の文章が書かれている。
たった一言、俺への呪詛を除いて。
「『死ね』か。陳腐だな」
「は、長谷部、くん」
「写真はデータがあるんだろう。加州が中身を見て無くて助かった」
「・・・ねえ」
「大丈夫だ。・・・俺が、いる」
震える光忠の頭を撫でる。
大丈夫だと言い聞かせ、抱き寄せた。
「・・・やっぱり、僕なんかと付き合ってちゃ駄目だよ、長谷部くん」
「光忠?」
「別れよ?手遅れになる前に」
哀しそうに光忠が笑む。
何を、言っているんだ。
「馬鹿を言うな。お前は何も悪くない。・・・何も」
「長谷部・・・くん」
「今後、別れたいと言うなよ。いいか?」
「・・・うん」
こくんと頷いた光忠を撫でて俺は離れる。
その袖を光忠がきゅっと握った。
「あ、えと・・・ごめ」
「寂しいなら言えばいい」
「でも」
「独りが不安か?・・・俺の家に泊まりに来ればいいだろう」
「・・・。・・・平気、だよ」
弱弱しい笑みを浮かべる光忠。
カタカタと震える身体を必死に押さえつけているのが返って痛々しかった。
「・・・。・・・なら、俺がお前の家に行く」
「え?」
「文句はないはずだぞ」
「で、でもおじ様もおば様も心配するんじゃあ・・・!」
「他でもないお前の家だぞ。心配する要素が何処にある。何ならこのまま欠席してお前の家に行ってもいいんだ」
そう言えば、光忠はまた無理した笑顔を浮かべた。
「・・・。ありがとう、長谷部君。でも一度学校に戻って授業を受けて。それに、家にも帰った方がいい。僕は絶対に部屋からは出ないから。・・・ね?」
「・・・お前がそこまで言うのなら」
必死に言う光忠に渋々言えば彼はほっとしたような笑みを浮かべた。
別に学校くらい休んだってどうってことはないのだが。
取り敢えず光忠を送り届け、学校に戻り授業を受ける。
部活をこなし、コンビニに行くと言う連中と別れて早々に自宅に帰った。
母親に「長船の具合が悪いから看病に行く」と説明し荷物を詰める。
玄関の扉を開けたところでカバンの中からピロン、という音がした。
line通知だ。
この時間なら暇な五条国永か、明日の部活内容を伝える大和守安定か。
よもや光忠がlineを寄越したりはしないだろう、今から会うのだし。
いやしかし、夕飯の相談かもしれん。
「好きな物作るよ」なんて言っていたから。
そう思いスマフォに手を伸ばした俺の予想は遥かに裏切られることになる。
それも、最悪の形によって。
「・・・は?」
『もーんだい♡』
『ここはどこでしょーか』
そんなふざけた文と共に送られてくる一枚の写真。
送り主は長船光忠。
そして、被写体は。
「・・・っ!」
スマフォをぐっとにぎって唇を噛む。
必死にこちらに向かって手を伸ばす彼は涙に濡れた顔をして犯されていた。
顔を歪ませて、口元だけはへらへらと笑って。
なんで、彼が・・・光忠がこんな目に合わなければならないのか、俺には分からなかった。
「・・・くそが」
背景に移り込んだそれは俺が良く見知ったものだった。
カバンを捨てて駆け出す。
ここは、俺の、俺たちの、神聖な・・・。



「光忠ァ!!!」
ドアをあけ放つ。
「あは、意外と早かったね。流石秀才学年トップ長距離ランナーさん♡」
「・・・き、さま・・・」
「あれぇ?ぼくの事知ってるの?」
ニヤリと俺に向かって笑いかけ光忠を組み敷く男に、俺はうっすらだが見覚えがあった。
「この学園の理事長・・・その元息子」
俺の言葉に男は顔を歪ませる。
理事長の息子は3人いると言う。
併設校の若き校長という座の長男、それを支える次男、インターナショナルスクールのオーナーである三男。
しかし、こいつは・・・確か。
「ロクでもない事件を引き起こし、勘当されたと、ネットのニュースで見た。学園の女生徒を襲ったんだったか?」
「・・・長谷部国重、貴様」
ギリと男が俺を睨む。
学生時代に後輩の女生徒を数人レイプしようとし、勘当を言い渡され、世間からはいないものとされている四男。
その時の女生徒の一人の容姿が光忠に似ていたからよく覚えている。
同じ年度で学生ではなくて良かったと安堵したものだ。
そいつが・・・何故。
「光忠から離れろ。此処は神聖な俺の、陸上部の部室だ。部外者は立ち去れ、この犯罪者が」
「はっ、王子様気取り?やめてよ。光忠クンはぼくのことが好きなんだよ?」
「何を馬鹿げた事を。・・・良いから離れろ、二度と近付くな」
吐き捨てる様に言う男を突き飛ばし俺は光忠に近付いた。
俺のユニフォームを着て、床に転がされている光忠を起こす。
「帰ろう、光忠。俺を一緒に」
「・・・。・・・だぁれ?」
「・・・は?」
可愛らしい声でこてりと首を傾げた光忠は俺にそう問うた。
その瞬間、殴られたようなショックを受けて、頭が真っ白になる。
「光忠クンはぼくが好きなんだよねー?」
「ぅん♡みちゅたや、きみ、らぁいしゅきぃ♡」
「・・・う、そだ」
「往生際が悪いなあ」
崩れ落ちる俺に男が笑う。
「光忠クンはキミなんかよりぼくを選んだんだ。・・・どけ」
今度は俺が突き飛ばされた。
衝撃を直接享受し、俺のユニフォームを着て俺の目の前で無理矢理犯されかける光忠を見つめる。
・・・無理矢理?
これが??
写真の中の光忠は泣いていた。
でも今は違う。
幸せそうに・・・笑って。
「ぁはあ♡♡ね、はやくぅ♡♡ぁん、みちゅの、めすまんこおかしてぇ♡♡たねづけしぇっくしゅしてぇえ♡♡」
「光忠クン可愛いね♡いいよ、犯してあげ、る!」
「・・・う、そだ」
すっかりトんでしまった表情で、光忠が男を誘う。
放心状態で見つめる俺の目の前で男が光忠のナカにぶち込んだ。
「あうっ♡ぁああ♡ちんぽ、きたぁああ♡・・・んぁっ♡ああっ♡」
はしたない言葉を吐きながら光忠は善がる。
何故。
あんなに怖がっていたのに。
俺じゃないから?
あの男だから?
・・・なんで。
「ひゃうぅうう♡みちゅたや、いっちゃうぅうう♡あは、ごくぶとちんぽでいっちゃうのぉおお♡」
「いいよ、イッて♡」
「やぁあああ♡♡♡ぁ、あ・・・」
とろりとした表情でぼんやりと宙を見つめる。
「これでふきふきしようね♡」
男が笑って手にしたのは失くしたと思っていた俺のタオルだった。
・・・もう、どうでもいいけれど。
「ねえ、長谷部国重。光忠クンから離れてよ。見たでしょう?僕らの愛を」
「・・・」
男のそれに俺は何も言えなかった。
光忠は怯えてない。
震えてもいない。
・・・でも、じゃあ、なんで。
「光忠クンはぼくのモノなんだから。・・・死んでくれる?」
にたぁと男が笑う。
ずるりとそれを光忠から引き抜き、何かを手にして俺の元に歩み寄ってきた。
振り上げたのは何かバールのようなもの。
・・・ああ、殴られるんだなとぼんやり思った。
何も考えなくてすむならその方がいいと目をつむった・・・その時。
「は、せべ、・・・く・・・?」
「・・・!光忠!?」
声にハッとしてそっちを見る。
彼の細い手がふわりと浮いた。
「ぅ、あ・・・長谷部く・・・!!」
すがるように、俺に向かって伸ばされた手を男が掴みあげる。
「寝てれば、良かったのに」
「やめ、て・・・長谷部君に酷いことしないで!!!」
光忠が悲痛な声で叫んだ。
こんなに乱暴されてなお彼は俺の身を案じている。
「光忠、俺は大丈夫だから」
「だ、め・・・ねが・・・インハイ、頑張るんでしょ?デート、してくれるんでしょ??」
ポロポロと涙を溢しながら光忠はふわりと笑んだ。
「何それ。・・・光忠クン、キミはぼくのでしょう?ねえ?そうだよね」
「・・・ぅ、あ・・・」
「やめろ、止せ」
ガタガタと震える光忠に、男は俺の声など無視をしてにやりと口角を上げて見せる。
「オクスリ、必要かなあ?」
「!!!!」
金の目をいっぱいに見開いて、光忠はやだやだと首を振った。
「やめてやめてやめてもうおくすりはいやおくすりはいやなのやめてやだこわれたくないひっくぅぁああ!!!」
「みつ・・・ただ?」
尋常ではない怖がり方の彼に一つの考えがよぎる。
まさか・・・まさか。
「貴様、光忠にクスリを使ったのか?!」
「そーだけど?」
激昂する俺に男はあっさり言った。
べらべらと機嫌よく話す男が言うには人の心を意のままに操ることが出来るというクスリがあるらしい。
それを何度も何度も光忠に使い、さらには媚薬や筋弛緩剤も使って彼を貶めていったのだと、男はゲスに嗤った。
光忠が壊れたのはきっとそういうことで。
次このクスリを打たれてしまえば光忠は元には戻らない。
そう、思った。
役立たずな自分に唇を噛む。
こんなにも光忠が苦しんでいるのに何も出来ないなんて。
「そうだ。ねえ、長谷部国重。自分の足を自分で折ってよ」
「・・・なに、言って」
「そうすれば光忠クンにクスリは打たない。どぉ?」
そう俺に言いながら取り出した細い注射器を光忠に見せつけると大袈裟に光忠は首を振る。
「あ・・・あ、やめて・・・やめて・・・痛いの嫌・・・」
「どーする?長谷部国重。キミが陸上を諦めれば、解決する話だろ?・・・こんな光忠クン、見たくないよねえ?」
「・・・くそっ」
ちらちらと注射針を俺の前で振る、男の選択肢はないに等しかった。
足を折るのが怖いわけじゃない。
・・・俺が陸上をやめれば、光忠は・・・!
「・・・せべ、くん」
「光忠?」
「・・・ぁ、く・・・夢、諦めない、で?」
怖いだろうに、光忠はそう笑った。
その所為で躊躇してしまう。
「はは!!馬鹿な子!!」
「ぅあ!!!」
「光忠!」
一瞬の迷いを見透かした男が光忠の躰を蹴りあげ踏みつける。
白く細い腕を持ち上げた。
よく見れば大量の注射痕がある。
なんでもっと早く気付いてやれなかったんだろう。
俺は、俺は・・・!
「まて!!折る、折るから、だから!!」
「もう遅いよ」
必死に訴える俺を無視して男は白い腕を押さえつけた。
「こわいいいぃ、こわいよぉ、いたい、いたい、いたいのやめてえぇ、たすけて、ゆるして・・・おねがい・・・おねがいしま・・・あ、あう、うあああぁ――っ!?」
「光忠、光忠ァア!!!」
俺の悲鳴もむなしく注射が腕に刺さる。
液体が押し込まれていく。
怯えた目は塗り込められ、とろりと溶ける。
ふわと笑いかけるのは俺ではなく。
「ぅ、あ・・・!!」
突如、ガンと言う鈍い音が俺を襲った。
振り返る間もなく視界がブラックアウトする。
優しく微笑む光忠の顔が見えた・・・気がした。

冷たい風が吹きすさぶ、秋と冬の間。
長船光忠は、この学園から姿を・・・消した。







あれから10年。
結論から言って、俺は光忠を助け出すことが出来た。
いや、この状態を『助かった』と言えるなら、だが。



五条国永は臨床心理士になった。
心を病んだ子どもを助けたいらしい。
まあ子ども受けはするだろう・・・あの性格だし。
相州廣光は警察官になった。
自分の夢を諦め、一から勉強し直したようだ。
元々正義感はあるし、向いていると俺は思う。
大和守安定は看護師を目指していると聞いた。
マネジャーもやっていたし天職であるのではなかろうか。
愛想は良いから他人からは好かれそうだ。
加州清光は病児保育士になった。
苦手だった料理も今では完璧にこなし、よくうちにも来ている。
指図はするが的確なのでありがたい。

そして、俺は。

「おい、帰ったぞ」
がらんとした部屋に呼びかける。
しばらくしてとてて、という音が聞こえた。
「・・・くぅちゃん、おかーり!」
にこ、と笑う『彼』に俺も笑い掛ける。
「ただいま、『光忠』」
おいで、と手を広げると彼は嬉しそうにそこに飛び込んできた。
すり、とすり寄る彼を抱きしめる。
彼、光忠は散々探し見つけ出した時には10年に及ぶ監禁と凌辱の所為で完全に壊れてしまった。
幼児退行と記憶障害。
それが彼に現れた症状だった。
光忠にはこの20年の記憶が一切ない。
俺はそれでいいと思っていた。
辛いだけの記憶なら。
苦しいだけの記憶なら。
なかったことにしてしまえばいい、と。
(例え、俺との関係を忘れてしまったとしても)
こいつの中で俺たちとの記憶は5歳のままで止まっている。
ただの幼馴染み。
家が近所で、当時からよく遊び来ていた相州とそんな俺たちで遊ぶ五条とで楽しくやっていた、あの頃。
今でも光忠にとっては相州は「ひろ」だし五条は「にいさま」だし俺は「くぅちゃん」だ。
それでも幸運だろう。
彼が、生きていたのだから。
「今日は何してた?」
「きょう?きょうはねーー・・・おえかき!」
「そうか。何を描いたんだ?」
「くぅちゃん!」
にぱっと光忠が俺に笑みを向ける。
・・・こんなにも笑顔は変わらない、のに。
「後で、見せてくれ」
「うん!」
華やかな顔で笑う光忠の頭を、俺は撫でることしか出来なかった。
飯にしようと俺は何の用意もされていないキッチンに向かう。
料理が好きだった光忠は今はいなかった。
・・・俺が教えればすぐに覚えるのだろうが、今はまだ良いだろう。
「くぅちゃん」
「ん?」
「おしごと、おちゅかえさま」
ふわりと笑う、光忠。
(お疲れさま、長谷部くん)
その顔が、声が、被る。
もう、あの頃の光忠はいないというのに。
あれから10年。
・・・俺は、検察官になった。
光忠をこんな風にしたあの男に、罰を言い渡すべく。
アイツは今、刑を執行されるのをただ待つ身だった。
そんなことを、光忠は知らなくていい。
ただ、ここで幸せに暮らしていればいいと。
「そうだ、土産があるぞ。お前の好きなプリンだ」
「ぷりん!!みちゅたや、ぷりんすき!」
「後で食べような」
「うん!」

光忠が笑う。
ふわふわと、ただ幸せそうに。

何の音もしない、時の止まった箱庭で二人きり。

それはまるで・・・催眠にかかったように、思えた。

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