職業パロディ・パラレル(へし燭SSS・ワンドロお題)

「長谷部先生、カッター持ってないですか?」
ふわりとした声が上から聞こえる。
何だろうと思いつつ、私はパソコンから目を離さずそちらを窺った。
声をかけたのは長船光忠先生。
6月からこの学校に勤務している22歳で体育を専科とする、私の同期だ。
「あー・・・いや、持っていないな、すまん」
答えたのは長谷部国重先生。
9月からこの学校に勤務している27歳、社会が専科のこちらも私の同期だ。
私の相担でもある。
「そうですか・・・」
少し困ったような表情で迷った挙句こちらに声をかけてくる。
「先生、カッターって・・・」
「持ってないですねー」
「あ、私持ってますよ」
ようやっと私はパソコンから目を離しにこりと言った。
どうぞと差し出すと長船先生がふわと笑う。
長谷部先生もほっとしたように自分の仕事に戻った。


今日はこの、長船先生と長谷部先生、ふたりの1日を記してみたいと思う。






AM9:00
うちの生徒は自主通学ではなく学校のバスで通学してくる。
バスホールで生徒を迎えたりバスまで迎えに行ったりするのだが、それにはタイムラグが出てくるため、大概は他の先生と話していたりするのだ。
今日も他の先生たちは色々と話を弾ませている。
私はぼんやりとそれを見つめているなのだけれど。
2階の自教室から下りてきた長谷部先生が誰かを探すように見渡し・・・まっすぐにこっちに向かってきた。
収まったのは長船先生の隣だ。
大体は生徒の話をするのだけれどもまあ何というか距離が近い。
朝から楽しそうですね!と言ったところだ。
「先生」
ふと他学部の先生から話しかけられた。
可愛らしい女性の先生である。
「ああ。最近寒いですねー」
笑い、世間話に花を咲かせ、冬の予定に関する話題になった。
「そうだ、忘年会行きます?」
「一応行きますよー。先生は?」
「行きますー、一応」
あはは、と笑いながら答えていると隣の会話が耳に入ってくる。
「忘年会行かんの、俺らだけらしいな」
「そうみたいですねぇ」
こそこそ言っているのは長谷部先生と長船先生で、どうやら向こうも私たちの会話が聞こえたらしかった。
「人数結構凄いことになりそうだが」
「この学校何人くらいいてるんでしょう?」
盛り上がりかけていたが丁度バスが来たのでその話題は打ち切りになる。
ちょっと残念。


AM9:40〜10:50
この時間はワークと言って軽作業をする授業だ・・・が、私は空コマであった。
普段は事務仕事があるのだけれどそういえば教室に忘れ物をしたと立ち上がる。
教室に向かうと今日はエレベーターホールで苗植えをしているようで生徒たちがわらわらいた。
「次の人〜」
呼んでいるのは長船先生、それを微笑ましく見つつ生徒を送り出しているのは長谷部先生だ。
これ程空コマを恨んだことはない。
暫く見ていたいと思いつつも忘れ物を取ってから職員室に向かった。

AM11:00〜12:10
「せーんせー」
女生徒が私の肩にぎゅっと抱き付いてくる。
はいはいと笑いつつ一緒に階段を下りた。
次の授業は体育である。
「休むな!サボってるのは見えているんだぞ!!」
長谷部先生の激が飛んだ。
注意された男子生徒がぶすくれた様に私に言う。
「ちょう、せんせ〜。長谷部がネチネチしてる〜」
「はよ走らんからです〜」
けらけら笑いながら答えれば「聞こえてるぞっ!」との声がした。
ちぇっと笑いながら彼は走っていく。
何のかんの素直な辺りが彼の良いところかもしれない。
ランニングが終わった後小休憩を挟み、ふうせんバレーとバトミントンに分かれた。
私と長谷部先生がふうせんバレーの補佐、長船先生はバトミントンの指導だ。
自分たちの試合後、バトミントンはどうなっているかと見れば長船先生と一人の生徒が打ち合いをしていた。
確かあれは、相州廣光君だ。
コントロールがまだ不十分な様でなかなか苦戦している。
それでも二人とも楽しそうだった。
・・・それをみる長谷部先生が真顔なのは何故だろう。
「あ、先生!ふうせんバレーの選抜メンバー入ってくれる?!」
「えっ?!」
これは予想外。
私、運動音痴なのだけれど。
試合後(ギリギリ同点まで持ち込んだ)、片付けの最中バトミントン組がラケットでシャトルを掬う遊びに興じていた。
相州くんが難しい顔をしている。
「あんたら、あかんな!長船先生は出来るで!」
「えっ」
女性の先生からの無茶振りに通りがかった長船先生は戸惑いつつラケットを受け取った。
スッとやってのけ、ほっとしたように笑いながら相州くんにラケットを返す。
流石は体育専科だ。
「・・・こんなの無理だ」
ぶすくれたように言う相州くん。
・・・頑張れ、少年!


PM1:20〜2:30
給食と昼休憩を挟み、次は特別授業である給食教室だ。
米に関して理解を深める事が目標らしい。
何故この時間に。
そう思いつつ視聴覚室へ生徒と共に向かう。
「また長船先生やな」
「せやな」
今日の司会進行が長船先生だったからか男子生徒が私に言う。
そう思うなら真面目に受けんか、と思いながらも言葉を返した。
実際進めるのは栄養士の女性の先生で、長船先生がやったのは最初だけだった。
その間自分のクラスに戻るのかと思いきや。
・・・何故か長谷部先生の隣に収まった。
何故?!
いや、確かに長谷部先生のクラスと長船先生のクラスは隣同士だけれども!
こそ、と長谷部先生が長船先生に耳打ちし、長船先生が笑う。
授業中に何やってるんですかもっとやれ。
「先生、この写真ってスパゲッティかな?」
「えー?あー・・・」
正解はビーフンでした。


PM3:15〜
生徒たちが無事に帰路につき、私たちはつかの間の休息を手に入れる。
職員室に帰れば長船先生が女性の先生と話をしていた。
どうやら明日調理実習らしい。
「長谷部くん、うちの班明日パンケーキ作るで」
「パンケーキですか」
職員室に入って来た長谷部先生への言葉に彼は笑いながら返す。
何よ〜っと文句を言いながら彼女はふと上を向いた。
「パンケーキとホットケーキの違いって何やと思う?」
「並んでも食べたいのがパンケーキじゃないですか?!」とは私の回答。
「ふわってして生クリームとか乗っけて食べるのがパンケーキだと」とは長船先生の回答。
「一回食べたら胃がもたれてもういいやって思うのがパンケーキですかね」とは長谷部先生の回答だ。
「ちょww」
「長谷部wwwおまw」
爆笑する私と女性の先生に対して長船先生はくすくすと笑う。
「オシャレな人に怒られますよ」
「俺、アパレルだったからな?」
「関係ないやろwwww」
ちなみにアパレルだった、とは長谷部先生が講師をする前にそっち方面のバイトをしていたという話だ。
何故それを持ち出してきたのだろう。
職員会議が近づいてきたのでその話は打ち切りになる。
ところで、ホットケーキとパンケーキの違いは、砂糖が入っているか否か、だ。

PM4:00〜
職員会議って眠いよね!!
全力でそう思いつつ自分の席を確保する。
長船先生はまだ来ていないらしい。
数分後やって来た長船先生は少し周りを見回し、長谷部先生の元へ向かった。
良く見れば隣の席が一つ空いている。
この広い部屋の中良く見つけましたね??
笑顔で長船先生を取有に座らせる長谷部先生。
この距離だと話している内容まで聞こえないが楽しそうだ。
時折耳打ちまでして笑い合っている。
二人とも足を組み、腕を胸の前で組む、という格好だ。
お蔭で目が冴えた、ということに感謝しよう。
話はろくに聞いていなかったけれど。


PM5:20〜
来週の教室調整を隣の席の先生(学年のトップだ)としつつ周りに耳を傾ける。
「長谷部くん、明日サッカー行くやろ?」
「え、行きませんよ」
笑いながら長谷部先生が答えた。
明日は生徒のサッカーの試合だ。
引率以外は行かなくてもいいことになっている。
「相州くんとか先生のクラスの子が待ってますよ!」
あはは、と笑いながら周りの先生が言った。
「長船君は?行くやろ?」
「え?」
「そうなのか」
急に言われ、驚いたように顔を上げた長船先生がえへ、と笑う。
「弟が出るので・・・多分」
「一緒に行ったら?」
そう言うのは長曽根先生だった。
何を言っているのかもっと言ってやってください。
「一緒に行きます?」
「いや、無理だ」
あっさりばっさり。
長船先生の可愛い笑顔を断るか、この先生は。
長船先生ももっと引き留めていいのよ?
暫く周りの先生との行く行かないの押し問答を繰り返した後、長船先生が職員室から立ち去った後。
「ほんまに行かんのー?」
「えー・・・いやー・・・」
女性の先生の言葉に長谷部先生は頭を掻く。
「ところで確認までに聞きますがキックオフは何時からですか?」
お?
「10:45からやな」
「そうですか・・・。・・・最寄駅は」
「○○駅やで」
「なるほど」
「行かんの」
にやにやと先生が笑う。
これは。
「蹴りたい用事があるんで・・・行こうかな、と」
はい、シュー――ト!!
華麗なるゴール!
ありがとうございます!!
月曜日生徒に聞くことにしよう。
どうやら親戚の集まりがあるらしい。
「結婚とか言われるの、煩わしいんですよね。まだ独身を謳歌したいんで」
と長谷部先生は笑うが、言い訳でしかないのでは?とは私の意見だ。



「桜井先生」
「はあい」
長船先生から呼ばれて顔を上げる。
ありがとうございました、と笑顔で先程貸したカッターを差し出していた。
いえいえと受け取ってペン立てに戻す。
パソコンを閉じ立ち上がった。
「お先に失礼します」
「「お疲れ様です」」
頭を下げる私に、二人の声。

今日も、ごちそうさまでした。

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