現の逢瀬(へし燭SSS・ワンドロお題)*大太刀長谷部×織田時代光忠

ふわりと風が吹く。
「・・・嫌、です」
震える声が風と共に耳に届いた。
「光忠」
「光忠めは、嫁入りなどいたしません!」
悲痛な顔で光忠が言う。
俺だって離したくはない。
だがこればかりは主の決定だ。
此方がどうこう言える問題でもなかった。
「そう言うな」
「国重様は、光忠の最後の我侭を聞いてはくれぬのですか?」
「聞いてやりたい。しかし、主の決定に逆らう事は出来ん」
長い髪が風に揺れる。
今は無理だ。
・・・だが。
「いつか俺が迎えに行ってやる。・・・必ず」
小さな彼の手を握る。
不安そうな光忠の黒い髪をそっと撫でて約束してやった。

いつか、いつか。
一緒に逃げようと。



そうして数百年の時が過ぎた。


ふと風を感じて目を覚ます。
久々に感じた、光。
誰に言われたわけでもないが・・・分かる。
「そうか。これが・・・現世」
長谷部は自分を見下してふと小さく笑った。
彼はここにいるだろうか。
「さあ、迎えに行こうか」
身体を伸ばし俺は呟く。
短くなった髪が風に揺れた。
行こう、彼との約束を果たしに。




透明な箱の中、彼は横たわっていた。
見間違うことはない、彼の姿。
「光忠」
「・・・ぅ・・・え・・・?」
呼びかけると、透明な箱の中にいた彼がぱちくりと目を瞬かせた。
あの時よりも声が低く、綺麗な片目を覆っている。
紫だったそれは金に染まっていた。
しかし、それ以外はあの小さな長船の子のままだ。
何も変わってはいない。
「俺だ。忘れたか。・・・光忠、長船の一振りよ」
「・・・!国重、さま・・・?」
「そうだ。髪が短いから分からぬか」
笑って彼に問うた。
光忠は小さく首を振る。
それから、ふわ、と笑って言葉を紡いだ。
「約束を・・・覚えていてくれたのですね」
「当り前だろう」
笑い、俺は光忠の髪を撫ぜる。
あの頃と変わらない、手の感触。
変わらないものは多くある、が、変わってしまった物もたくさんあった。
例えば己の刀種。
例えば彼の名前。
「名を」
「・・・え?」
「号を賜っただろう。その名を俺に教えてくれ」
身を起こす彼に言う。
光忠は少し考え・・・口を開いた。
柔らかい声が耳に届く。
「・・・燭台切。燭台切光忠」
「そうか。燭台切・・・良い名だ」
俺は笑い、手をそっと彼に笑いかけた。
「俺はへし切長谷部という」
彼に名を告げる。
大太刀ではなくなった、己の名を。
「・・・もう、国重様と呼べませんね」
くす、と光忠が笑って手を差し出した。
その手を取って立ち上がらせる。
踏鞴を踏む彼を抱き寄せて、抱き上げた。
「行くか」
「はい」
微笑む彼を抱き、俺は・・・足を踏み出した。




ねえ、知ってる?
ここ最近流れている噂を。

人がいない美術館。
へし切長谷部の名を持つ刀が姿を消すのだと言う。

ねえ、知ってる?
誰も見た事がない奇妙な噂を。

人が消えた博物館。
燭台切光忠の名を持つ刀がいなくなるのだと言う。

・・・ねえ、知ってる?
誰が流したかしれない、音偽話を。



誰が見たか分からない世界の話。
綺麗な二振りの刀が人の姿を成し、寒空へと消えるのだと言う。

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