節分(へし燭SSS・ワンドロお題)*大太刀長谷部×織田時代光忠

ぱたぱたと音が聞こえる。
振り向くと黒い着流しを引き摺った長船の子、光忠が廊下を走っていた。
「国重様!」
ぱ!と顔を輝かせる光忠に手を伸ばす。
「?・・・わ!」
着流しを踏んでつんのめりかける光忠を受け止め、抱き上げた。
「・・・危なかったな」
「・・・。・・・ありがとうございます」
「いや」
礼を言う光忠を下ろす。
ふ、と光忠が首を傾げた。
「何故、光忠がこけると分かったのですか?」
「お前を見ていれば事が起こることくらい分かる」
そう言って頭を撫でてやればぽかんと呆けた表情をしていた光忠がぱあと顔を明るくさせる。
「凄いですね、国重様!」
「うん?」
きらきらと表情を輝かせる少年に長谷部は顔を近付けた。
「そういうの、先見の明というのでしょう!」
小さな声で秘密を打ち明ける様に言う光忠に思わず目を見開き・・・それから笑う。
「あ、あれ?」
「・・・ああ、そうだな」
「!!やっぱり国重様は凄いんですね!」
嬉しそうにひょこひょこ跳ねる光忠の頭を撫でてやった。
「また書物の知識か?」
「はい!」
問うと、大きな黒表紙の書物を掲げる光忠。
「では、先見の明という言葉を持つ植物を知っているか」
「・・・?いいえ。そのようなものがあるのですか」
素直に首を振る光忠に長谷部はそっと教えてやる。
「柊だ」
「柊・・・。ああ、知っています!棘のある葉でしょう」
「そうだ。柊には魔を払う力がある。そこから転じて用心深さという言葉も持つ植物だな」
「なるほど・・・」
ほう、と息を吐く光忠は嘘を教えても信じてしまいそうだった。
純粋とは罪だな、と思う。
「ああ、今日は節分祭だな」
「節分祭?」
きょとんとする光忠。
ああ、と頷いて、光忠が持つ書物を取り上げる。
「・・・ああ、ここだ。『節分祭、季節の変わり目には鬼が生じると考えられており、それを追い払うための悪霊ばらい行事』ということだ」
「鬼・・・ですか」
「そうだ。追い払うには豆を巻き、柊鰯を飾る」
「何故です?」
「鬼が嫌うものだからだろう。・・・光忠」
転ばぬようにとひょいと抱き上げ庭に連れ出した。
庭の隅に咲いていた柊をいくつか取る。
「国重様?」
「お前が鬼に攫われては困る」
幼い顔できょとりと見上げる光忠に、柊で作った冠を被せた。
「痛くはないか」
「はい」
ふわりと光忠が微笑む。
暖かい・・・昨日まであんなに冷たかった風が・・・長谷部の長い榛色の髪を揺らした。
薫る、甘い柊の花の香りに長谷部もまた笑う。
まるでこの小さな少年のようだと。
甘い香りで誘っておきながら最初は棘だらけだった少年は日を追うごとに棘を丸くしていった。
「あ、そうだ!・・・行きましょう、国重様!なんでも幸福巻というのがあるそうですよ!」
嬉しそうに手を引っ張り、笑う光忠。
「ほう?」
「恵方を向いて食べる寿司の事だそうです!お相伴にあずかっても良いと伺いました!」
無邪気なそれに小さく笑って長谷部は言った。
「俺にとってお前のいる方が恵方だな」
「国重様・・・」
とろりと破顔する光忠の頭をそっと撫でる。

節分。

冬に別れを告げ、訪れる春を祝う日。


春の様に柔らかな笑顔の光忠と、共に・・・新春を。

(鬼に愛された少年に、春は果たして訪れるのか)

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